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7月31日

今日は、朝から晴れの真夏日の暑い一日。

その朝一番に、久しぶりにエアルトで鞍月のコロナシネマへと向かった。

一度観たいと思っていてなかなか観れなかったので、ついついうきうき過ぎて焦ってしまい、道を間違え遠回りをして上映時間の10分後に到着した。

幸い、予告が終わってオープニングの途中だったので、本題上映にはギリギリセーフだった。

その疲れと暑さのせいで、前半少しついウトウトしてしまった。

でも、核心の中盤からは、そのスリル展開にひと時も目を離さなかった。

この作品は、アラジンと魔法のランプを題材にしたディズニー映画で、その魔法のランプを巡っての魔法使いとアラジンの攻防が見所。

もう上映してかなりの時間が経っていたが、この映画を観てよかった、よかったと思う今日この頃だった。

7月30日

今日は、朝から晴れの真夏日の暑い一日。

その朝一番に、そろそろ金沢マラソンの練習を開始しようと思って今年初めての10kmを走った。

勿論、車の少ない犀川河川敷自転車道の父のお墓までの往復10kmです。

さて難なく走れるか不安であったが、kmあたり7分程だったら何とか走り切る事ができてホッとした。

今の時期は、この早朝の気温の一番低い時間帯でしか走るのは無理で、それがわかっておられるのか、意外と走っている方が多いのには驚いた。

それと川沿いの自転車道は、上流から冷たい川の水が流れていて、気温を幾分か低くしているような気がする。

自転車サービス工房では、週末に開催する数年ぶりのレディース&超初心者サイクリングのコースについていろいろと考えていた。

アップダウンが殆どなくて、車の少ない景観の良い安全なコースはこれしかないと思った。

兎に角、出来るだけ多くの方に自転車に乗る機会を与えてあげないとサイクリング人口がなかなかこれ以上増えていかないと思う今日この頃だった。

7月29日

今日は、朝から晴れの真夏日の暑い一日。

最近ふと思う事がある。

インターネットやSNSの進化によって、多くの人が浅く広い人々とのネットを通じての付き合いが多くなっている。

それがあたかも、私は多くの人々と結ばれていると勘違いしているのではないかと思う。

その為に、ネットを通じてのコミュニケーションがふと途切れてくると、途端に孤独感にさいなまれていたたまれなくなる。

それがいわゆるSNS中毒なのかもしれない。

よく考えてみると、それによって何が得られるのか思うに、浅い知識と浅い付き合いのみで、深い知識や心の底からの付き合いというものが無くなっているような気がしてならない。

その事は芸能界でも言えるようで、人気のある時は周りの人からちやほやされて、人気が無くなった途端に周りの人々から疎遠にされるのと同じなのかもしれない。

兎に角、これらを生み出したあのトランプに代表される合理主義のアメリカ流のコミュニケーションそのものなのではと思う今日この頃だった。

7月28日(日)

今日は、朝から曇りの時々小雨がぱらつく蒸し暑い一日。

その朝一番に、福井センチュリーランに参加するために車で福井方面へと向かった。

会場には、150名もの参加者が集まったが、我がPKからは私だけだった。

でも、顔見知りの他のチームのメンバーといろいろとお話したりしてそれ程の孤独感はなかった。

兎に角、今日は思い切って走ろうと思い、新ルートの第一エイドまでのアップダウンのある道の駅みくにまで他のトレインに便乗して33km全力で走った。

でも、ローテーションを組んでいるトレインに最後まで付いて行けず、途中で諦めて一人旅になった。

越前海岸沿いでは、先頭集団の各チームメンバーが先頭交代のトレインを組んで走っているので、よそ者はなかなかそれに加わる事ができずに置いて行かれた。

でも、2番目で最後の道の駅越前のエイドステーションからは、今年からの新ルートで9%~16%の熊谷峠の長い激坂があったので、犀鶴林道を3回登った経験で先頭集団のメンバーを次々と抜かしていった。

さらに、そこからゴールまでの下りと平地で先頭グループと思われるメンバーを2人抜かして、多分3番目の健康の森のゴールした。

兎に角、一緒にトレインに便乗していただいたトップグループもその激坂で全員抜いて行った。

いや、久しぶりに出発からゴールまで全力投球で走った108kmは、辛うじて午前中で走破できてよかった、よかった。

夕方からは、向かいの大和広場で北國花火大会があり、毎年恒例の次男の高校時代の野球部の父兄とブルシートでビールやらワインを呑みながら、あの奥川投手と佐々木投手のピッチングを肴に盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていった。

その中には某大学医学部教授や県内トップ校の野球部監督の父兄もおられて、健康や野球についてのいろいろな話が聴けてよかった、よかった。

7月27日

今日は、朝から曇りで昼過ぎから雨の蒸し暑い一日。

その朝一番に、当店集合で久しぶりに朝練で湯涌温泉方面へと向かった。

台風の影響で次第に雨雲が接近していたが、辛うじて雨に合わずに終える事ができてよかった、よかった。

コースは、当初の計画とはちと違っていて、数年ぶりに湯涌方面から見上峠に向かう王道線を走った。

ちと急な坂だったが、犀鶴林道や夕霧峠に比べると長くはなかったので、何とか登り切る事ができた。

その午後からは、JRに乗ってモントレージャズフェスティバルイン能登を聴きに行った。

久しぶりのジャズ演奏に心浮き浮きしながら聞き入っていた。

その中で、父がコンゴ出身のミュージシャンで母親が富山出身の人形作家のCHKOの迫力ある歌声とトークに圧倒された。

なんと話し言葉も富山弁そのもので、そのトークには多くの笑いを誘った。

その他にも山口真文クリンテッドやHARVER THOMPSONのプロの演奏に心奪われながら聞き入っていた。

兎に角、始めてのモントレールジャズフェッスティバルイン能登を高校時代の親友と一緒に聴きに来てよかったと思う今日この頃だった。

7月26日

今日は、朝から晴れの真夏日の暑い一日。

いや~、あの大船渡高校の佐々木選手の監督の起用についてこんなにも大事になるとは思ってもみなかった。

でも、これまで数えきれない程の将来有望な選手が故障によって選手生活にピリオドを打っている事を思えば賢明な判断だったのでは・・・・・

その決断を監督自らが責任を持って判断した事はとても素晴らしい事だと思った。

さらに、私の次男がこの監督と大学時代の同じ野球部の大の親友だった事を誇りに思っている。

監督は、大学でスポーツ科学について学んでいて、さらにアメリカの独立リーグで一年間プレーして、その故障のメカニズムを詳しく研究体験していたので、今回も投球回数の他にも成長過程のおける骨密度や気温、湿度などを総合判断した上での決断だったようです。

昔は根性もののスポーツ漫画が脚光を浴びて、血反吐を吐くほど、尿から血が混じるほど練習しろと言われたが、これは大変な間違いだった。

私もトライアスロンの試合に出て疲れている中、同じ週に全力でロードを漕いでみやじぃ杯の応援に行った時に違和感を覚えて、横紋筋融解症になった事があった。

兎に角、立っている事もできず、伝い歩きをして2日間寝込んだことがある。

幸い、腎臓に血液が詰まって起こる腎不全になる事は避けれましたが、それ以来トライアスロン競技はスパッと辞めました。

このように無理して物事を行うと取り返しのつかない事になるので、十分に注意して競技に取り組まなければと思う今日この頃だった。

7月25日

今日は、朝から晴れの真夏日の暑い一日。

この肌に刺す暑さは異常で、おそらくオゾン層の破壊で紫外線がより強くなっているのかもしれない。

昔は、真夏でも30℃以上の気温になる日は殆どなくて、何か清々しい暑さの中で生活していたように思う。

人間の欲望のためにいろいろ便利な道具を使っているのですが、その道具を使えば使うほどそれによって環境破壊が進み、反って地球温暖化を加速しているような気がしてならない。

その最たるものは自動車で、そこから出てくる排気ガスによる破壊が一番影響しているのかもしれない。

それと同様に、最近のSNSによって、人間の心も次第に破壊されているような気がしてならない。

あの制裁金数千億を科せられたfacebookは、個人情報を流失させたので当然の結果かもしれない。

それよりも、知らず知らずに我々人間の心を少しずつ蝕んでいく方が余程制裁金を科さなくてはならないような気がする。

あの連日連夜起こっている奇怪な事件も、それらSNSによって人間の心が蝕まれている結果なのかもしれない。

自分自身をアピールするあまり、奇怪な行動がエスカレートし、あのような悲惨な事件を起こすのでは・・・・・

あの昭和の時代の風情のある街並みや人間の心を取り戻したいと思う今日この頃だった。

7月24日

今日は、朝から晴れの梅雨明けの暑い一日。

その朝一番に、あの奥川投手を有する金沢星稜高校と遊学館の試合を観に行った。

さすがに、今回屈指の好カードで、平日にもかかわらず多くの観客が詰めかけていた。

で、開幕時間には座る座席がないほど混み合っていて、立見席も出るくらいだった。

前半には、星稜の有松選手がいきなりホームランを放ち、さらにエラーで追加点をものにした。

その後、遊学館高校は奥川投手から次々とヒットを放ち、ようやく1点をもぎ取った。

でも、それ以上の点は、さすがに今季高校NO.1のピッチャーらしく、要所要所で絶妙のコントロールと球速で、次々と三振で打ち取ったのはさすがだと思った。

後半戦は、貧打の星稜で追加点をなかなか奪えなかったが、あの怪物の奥川投手はそれにもかかわらず、次々と三振の山を築き、相手に一点も与えなかったのは見事だった。

で、最終回も三振に抑えて、見事、2対1でベスト4に勝ち進んだ。

一方、岩手県では、準決勝であの160km以上の剛球を投げる佐々木投手を有する大船渡高校と一の関高校が対戦して、なんと5対0の完封で大船渡が勝利をものにした。

この野球部の監督は、私の次男と同じ大学の同期の野球部の大の親友で、今回も東京から盛岡にはるばる応援に駆け付けたようです。(なんと全国版のテレビ朝日に映っていた)

甲子園に向けて両校ともこのまま勝ち進んで、金沢星稜高校対大船渡高校の奥川対佐々木の試合が実現すればなぁと思う今日この頃だった。

7月23日

今日は、朝から小雨がぱらつく蒸し暑い一日。

その小雨がぱらつく中の早朝、向かいの大和町広場で久しぶりに5.5kmランをした。

走ってみると、酷いのか楽なのかの感覚がわからず、只々気が赴くままに走っていた。

勿論、足に乳酸が溜まる訳でも無く、膝が痛むでもなく、息遣いが酷いのでもなかった。

その後、シャワーを浴びて朝食を食べて自転車サービス工房へ向かう。

仕事内容と言えば、最近はサイクリング計画を立てる事が主な仕事で、それと時々訪れるPKメンバーとのコミュニケーションとちょこっとメンテナンスをする事です。

さらに、自分自身でもこれからの生き方を見極める為にいろいろな本を読んで教養を深めている。

物静かな環境の中、自分自身をじっくり見つめ直すのも大切な事だなぁと思う今日この頃だった。

7月22日

今日は、朝から雨がぱらつく蒸し暑い一日。

ようやく夏合宿も終わり、いつものことながら週末後の何となくボ~とした一日を過ごした。

と言っても、合宿で書けなかったこの日記を書いたり、今日入会されたNEWメンバーに活動報告やイベント告知説明などをしていた。

さらに、あのドン・キホーテの創業者である安田隆夫の波瀾万丈の人生本を読んでいた。

その中で、”商売は真っ正直が一番儲かる”と”売ろうとするな。売る側の意図は必ず見破られる”の言葉はなるほど、なるほどと思った。

その他にも”バブルの時は動くな!「見」に徹せよ”と”大企業のマネは自殺行為である。凡庸は即、死を意味する”も納得の言葉だった。

という訳で、いつものように週末明けのボ~とした姿そのものだった。

7月21日(日)

今日は、朝から曇りの少し蒸し暑い一日。

その朝一番に、合宿所から朝日が差し込む地平線のきれいな近くの海岸線を散歩した。

そのあと、皆さんの手造りの朝食をご馳走になったあと、8時30分から二日目のサイクリングに出かけた。

途中、飯田の燈籠山祭りがあり、その飯田港で開催されている海上自衛隊護衛艦”ちくま”を見学したが、始めて入る艦内には皆さん興味津々で、自衛官もとても親切に艦内の案内やラッパや手旗信号の実演をしてくださった。

そのあと、お決まりの見附島を見学したあと、レストラン浜中でローストビーフ丼を食べたがとても美味しかった。

その後、いよいよこの日最大の峠である大谷峠へと向かった。

珠洲トライアスロンでのコースの一部で、過去に何回か走った事があるが、やはり長い勾配のある坂は苦手だった。

でも、何とか全員峠を越えて海岸線沿いに出たが、すっかりその後の長くてキツイ木の浦の坂を忘れていた。

なんとかそこもクリアーして、最後の激坂のあるスタート地点の日置ハウスに到着した。

この二日間、事故もなく雨もほとんど降らない最高の環境での奥能登一泊サイクリングだった。

7月20日

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

その朝6時に当店に集合して能登空港へと向かった。

総参加人数が24名なので、何台かの車に分乗してサイクリング開始のスタート地点の能登島空港へ。

天気予報では曇り一時雨の微妙なお天気だったが、雨も降っていなく、おまけに太陽も顔を出していなかったので、割と涼しい中走る事ができた。

能登空港は山間にあるので、そこから海岸線までの道路は起伏のある割とアップダウンのある道路だった。

さらに、その後の海岸線沿いの道は、郷土力士の遠藤の上り旗やボラ待ちヤグラがあったり、遠くには立山連峰がくっきりと映っているとても風光明媚な地に感動した。

海岸線の鵜川からは、再び山間の道を通って桜峠方面へと向かった。

そこからは、メンバーのひとりが疲れていたので、2人でサポートしながら短縮の道を通ってゆっくりと輪島方面へ。

その輪島では、なんと珍しいふぐ炙り丼を食べたが、とても美味しく食べる事ができてホッとした。

で、再び輪島から能登空港に向かったが、最後の長い上り坂はかなり足に堪えた。

ようやく能登空港に全員到着し、そこからは、廃校した小中学校をリフォームした簡易宿泊所の日置ハウスへと向かった。

その前に、我々の班は飯田の街中にあるスーパーだいまるでバーべキューの食材の買い出しをした。

メンバーのおひとりが肉の卸し屋さんに働いていたので、とても美味しい肉の提供に皆さんとても喜んでいただいた。

東京から来られた武蔵さんもとても楽しんでいただけたのでは・・・・

さらに、バーベキューが終わってからはお決まりの花火をしながらとても楽しいひと時を過ごした。

兎に角、皆さん親睦を深められての最高の一日目だった。

7月19日

今日は、朝から雨の蒸し暑い一日。

いよいよ明日から奥能登一泊サイクリング。

で、その準備をしていると、東京からはるばる武蔵さんが来られたので、老体に鞭打って懐かしい熊走~湯涌温泉方面へサイクリングに向かった。

途中で雨が降ってきたので、見上峠~キゴ山に登らなかったが、懐かしい地の思い出深いサイクリングとなってよかった、よかった。

大都会東京はいろいろと便利な場所なのですが、やはり人情味あふれる我が金沢は忘れられない思い出がいっぱい詰まっていると言われてとても嬉しかった。

過去何人ものPKメンバーが転勤などでこの地を離れていったが、皆さん我がPKでのサイクリング活動を懐かしがっているメンバーが多く、長く続けていてよかったと思った。

その夜には、その懐かしい面々が駅前の居酒屋に集合して、とても楽しい宴が催された。

あっという間にとても楽しい時間が過ぎ、皆さんとても喜んでいただいてよかった、よかった。

7月18日

今日は、朝から雨が降る蒸し暑い一日。

と毎日のように天気について書いているが、これが又役に立つんです。

あ~、去年の今頃はどんな天気だったとか、以前のサイクリングの時の天候はどうだったとか、さらに、天気と売り上げとの相関関係などもわかってくる。

夕方頃から何人かのPKメンバーが奥能登一泊サイクリングの打ち合わせやロードバイクの点検に来られた。

いや~、初日の午前中の天気が雨模様なので、少し出発時間を遅らせて直接珠洲の日置ハウスに向かい、午後から天気が回復すればロードバイクに乗って飯田町燈籠山祭りでも観に行ってもいいのでは思った。

勿論、どうしても走りたい方はぐるっと大谷峠を一周回周って来ても大丈夫です。

で、翌日は能登空港まで行って、初日の土曜日のコースを周って来てもいいような気がした。

いずれにしても天気に従って臨機応変に対処しましょう!

7月17日

今日は、朝から晴れの割と暑い一日。

朝6時に当店を出発し、里山里海街道を走って能登空港へと向かった。

どうも羽咋からの片側交互通行での曲がりくねった道は苦手で、なんで皆さんこんな道を飛ばすのか不思議です。

で、1時間半くらいで能登空港に到着し、走る準備をしていた。

何しろ、能登空港に行くのは初めてで、到着したのはいいけれどどこの駐車場に停めていいのかわからなかった。

なので、適当に停めてトイレへ行こうとして空港ターミナルへ行ったが、時間が早くてまだ閉まっていた。

いよいよ出発となったが、この奥能登一泊サイクリングのコースは頭の中である程度理解しているのですが、いざ走ってみると何処で曲がるのか少し戸惑った。

で、走ってみても、こんな細くて車も一台も通っていない道で大丈夫なのかと恐る恐る走った。

で、ようやく271号線を抜けて249号線を走ったが、海岸線沿いの34号線に曲がるのを間違ってそのまま走る続けてしまった。

さらに、37号線を走り過ぎで鵜川から七見の方まで行ってしまった。

で、途中で気づき戻ったが、さて37号線の曲がり角は一体何処なのか迷ってしまった。

でようやく山田川に沿った37号線を見つけて登って行き、桜峠手前の26号線を走り、途中で左折して同じ26号線沿いを柳田方面へと向かった。

さらに、途中で277号線に左折して輪島方面へ向かったが、唯一勾配はそれほどではなかったが登りの長いコースだった。

以前に合宿した柳田から金蔵への道が特に勾配が少しきつかった。

で、寄り道パーキング金蔵でジュースを飲んでいると、そこの叔母ちゃん2人にいろいろと話しかけられ、田舎の風情を楽しみながらとても楽しいひと時を過ごした。

さらに、海岸線に近いところに珍しい能登町ブルーベリーカレーの旗が立っている福祉施設があったので、ちらっと覗いているとどうですかと聞かれて、ついついそこに入ってブルーベリーカレー食べた。

でなんと、ワンコインでしかも美味しいカレーに驚くと共に、福祉施設内の子供の様子もちらっと覗く事ができてよかった、よかった。

そこからはお決まりの千枚田を見学したあと、輪島の街中を通ってようやく能登空港に戻る事ができてホッとした。

このコースはとてもいいコースで、それほど勾配のある長い坂もなく、車の通りも少なく安全でしかも風光明媚。

初心者をサポートしてやれば、十分に完走できるコースだと思った。

もしこれ以上走れない方がおられれば、輪島まで行かずに26号線沿いの桜峠の幹線道路を左折すればすぐに能登空港にたどり着けます。

その後、能登空港から和倉温泉元湯に行き、温泉に浸かりながら英気を養っていた。

さらに、羽咋でメンテナンス出来たスポーツサイクルをお届けして、18時頃にようやく家路にたどり着いた。

7月16日

今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

今日は(実は翌日)、今から夏合宿のコースの下見で時間がないので、この日記を帰ってから書くかそのまま書かないかのどちらかにします。

7月15日

今日は、朝から曇りの割と涼しい一日。

その朝一番に、当店集合で富山の桜ヶ池を目指して走った。

今日は女性の方はいなかったが、割と最近我がPKに入会された方が多かったのでよかった、よかった。

転勤や子育ての都合で毎年何人かは参加しなくなるのもあって、NEWメンバーが入会しないとメンバーが減少していく一方なので、新しいメンバーが出来るだけ多く参加される事は願ったり叶ったりです。

もしこの日記を読まれている方で、入会されたい方は遠慮なく申し出てくださいませ。

桜ヶ池にはよく行くのですが、ここ最近は一度も行っていないので何だか新鮮に感じた。

朝9時頃到着して、皆で桜ヶ池のヨッテカレ城端で名物のおにぎりを食べたが、相変わらずとても美味しかった。

で、その後、コースをちょこっと変更して、皆で井波方面へと向かった。

そのレトロな井波の街中のよしむらという饅頭屋さんで田舎まんじゅうを食べたが、ここも相変わらずとても美味しかった。

その後、城端の街並みを通って福光まで行き、有名などんたくでカツカレーうどんを食べたが、ここもとても美味しかった。

開店早々に入れたので、10人同じテーブルを囲み、いろいろと和気藹々と話し合いとても楽しいひと時を過ごした。

走行距離94km、獲得標高1100mの割と涼しい中でのサイクリングに満足、満足だった。

7月14日(日)

今日は、朝から雨の涼しい一日。

久しぶりに今年のツールドフランスをAmazonプライムで観ていた。

初日のゴールスプリントは、鼻の差でマイクテウニッセンがギャラントーマスに勝ってマイヨジョーヌを手にした。

200km近く走って鼻の差と思うかもしれないが、これがロードレースの醍醐味なのかもしれない。

エディメルクスやベルナールイノーがいた時代は、多くのステージ優勝した選手が総合優勝していたが、今の時代はなるべくエースを温存させて、山岳ステージや個人タイムトライアルのいざという時に真価を発揮させる選手が多くなった。

でも、第二ステージのチームタイムトライアルだけは、個人だけの踏ん張りではどうしようもなく、チーム一丸となって戦わなくては勝てない。

今回は思わぬ伏兵チームであるチーム ユンボ・ヴィスマがチームエネオスに20秒差もつけてステージ優勝したのには驚いた。

なんとその平均時速は57.2km/hで、走行距離27.6kmとはいえ、人間業とは言えない信じられないタイムを打ち出している。

という事で、まだ第二ステージだけしか観ていないが、時間があったら次々と観ていこうと思った。

人間の一つのドラマの凝縮を描いているツールドフランスっていいですねと思う今日この頃だった。

  

7月13日

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

その朝一番に、当店集合で熊走から鶴来縦断の犀鶴林道へと向かった。

ここを縦断したのは、今から十年近く前でその時はひとりで自分のペースで走った。

兎に角、県内屈指の難コースで、車も人も自転車もほとんど通らない裏街道と言っても過言ではない。

さらに、途中で熊やイノシシに出会い、まるで動物園の中を走っているように錯覚する。

今日も皆で熊鈴を付けて、出来るだけ話しながら走っていた。

これだけの大所帯で、しかも熊鈴を付けて走っていると熊もイノシシも寄って来ないと確信した。

で、何とか犀鶴林道を縦断したあと、白山比咩神社表参道の”おもてや”で大判焼きを食べたあと、鶴来街中にあるあさひ屋ベーカリ―で美味しいパンを食べて英気を養った。

お腹が膨れたあと、腹ごなしに和佐谷から鍋谷峠へと向かったが、以前に走った事はあったが、その登りの長さに驚くばかりだった。

ようやく頂上にたどり着いた時はホッとした。

そこから下って、再び東芝坂を登って辰口に降り、何とか無事に家路にたどり着いた。

走行距離90km、獲得標高1800mのちと過酷な週末サイクリングだった。

7月12日

今日は、朝から曇りの割と涼しい一日。

毎日のようにこの日記を書いていると、偶に気が滅入っている時もあり、そういう時は何を書いていいのかちと迷ってしまう。

今日も偶々そういう日で、さてと何を書こうかまだ迷っています。

ここで洗いざらい何に気が滅入っているのか書くわけにもいかず、只々悶々としている。

勿論、大した悩みではないが、どうもその事が心に引っかかるんです。

と言いながら、何かを書かなければならないので、さて書くとしようか。

ちとハードなサイクリングをした翌日は、どうもこの歳になると疲れが出るのか、座っているとついつい睡魔に襲われる。

特に、横になるとその効果覿面で、その瞬間寝てしまう。

昼食を済ませたあとのNHK朝ドラを横になって観ていると、5分も経たないうちに寝てしまう。

で、ドラマが終わった瞬間に起きる事がよくある。

ええ、それじゃ若きウエルテルの悩みじゃないんじゃないかと言われるとその通りなのかもしれない。

ただ単に、前日のサイクリング疲れで眠いのが原因で、気が滅入っているのかもしれない。

7月11日

今日は、朝から雨が降る割と涼しい一日。

最近、本屋にふらっと行って、目についた本を買って読む事が多くなった。

その中で明治大学教授の齋藤孝の本がとてもお気に入りで、人間の生き方の模範となる良本についていろいろと紹介してくれる。

なるほど、なるほどと思いながら読んでいるうちにあの本、この本と読みたい本が多く、今は何冊か同時に読むことが多い。

その中で、以前から少しづつ読んでいるドフトエフスキーの”カラマゾフの兄弟”もその良さが最近少しづつ判ってきたようで面白くて仕方がなくなってきている。

特に、兄弟、父親との女性をめぐる葛藤はとてもリアルで、人間同士の愛憎についていろいろ考えさせられる。

途中に登場してくる同じようなロシア人の名前が多く、果たしてどの方を指しているのか人物相関図を調べながら読まないとわからない。

さらに厄介なのは、同じ人物でもその時その時で呼び方が違う方も多く、何が何やらわからなくなる事も多い。

又、今風の問題について問いかけているこの方の著書の”ネット断ち””バカになれ”もとても興味深く読んでいる。

いずれも今のSNSの弊害についていろいろと警告を与えている内容が多い。

”深い教養は顔に出る”や”燃え尽きる人深みを増す人の違いは何か”などを我々に問いかけている。

という訳で、雨の日の他愛もない読書録でした。

7月10日

今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

最近、メンバーからのサイクリング依頼が多く、時間のある限り一緒に走っている。

その朝一番に、当店自転車サービス工房集合で水曜サイクリングを実施した。

久しぶりに宝達山を行こうと思って、浅野川河川敷沿いの道路から清湖大橋歩道を渡って宇ノ気方面へと向かった。

さらに、宇ノ気から宝達志水町へと向かい、押水から宝達高校の横を通って、トトロ像がいる田んぼへと向かった。

そこで記念撮影をしたあと、宝達山ヒルクライムのコースを通って山頂へと向かった。

いや~、どうも長い坂道は苦手なのか、途中で腰が痛くなり、その度にダンシングで登った。

ようやく山の竜宮城に到着した時はホッとした。

そこからは富山の県境を越えて、五位ダムへと向かった。

そこでダムカードを貰い記念撮影したあと、福岡町から福光方面へと向かった。

その途中の福光”麵屋ひろまる”で冷やしラーメンとラーメンスイーツを食べたが、300gと量が多くてお腹いっぱいになった。

ちょうど腹ごなしに福光街道を通って、森本のあじさい寺で有名な本興寺に行き、満開になっている紫陽花を観ながら英気を養った。

さらに、そこからは上涌波の林道を通って、さらに、釣部隧道を潜って夕日寺から家路へと向かった。

走行距離120km、獲得標高1225mのちょっとハードな水曜サイクリングだった。

7月9日

今日は、朝から雨の割と涼しい一日。

最近のニューロードバイクは、どのメーカーもエアロフレームでオイルディスクブレーキ、ディープリムが常識化されている。

私もこの仕様のロードバイクを2年前から乗っているが、確かにエアロ効果でスピードを出しても空気抵抗が少なく、長い坂道の下りではブレーキング時の手の疲れが少ない。

さらに、ディープリムでは、加速してからの速度持続力効果が抜群で、そのままの高速走行が維持できる。

以前は、ロードバイク本体とホイールが軽ければ軽いほど走ると言われていたが、今はそれプラスエアロ効果やディープ効果がないとダメだと言われている。

でも、問題なのはそれらを兼ね備えたロードバイクは高価で、なかなか庶民には手が出ない。

それと従来のキャリバーブレーキ用のホイールは、ディスク用のフレームには取り付けられない。

7月8日

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

どうも最近サイクリングに行く機会が多くて身体が疲れ気味なのか、ついついウトウトしてしまう。

その原因としては、長い時間座っていると腰に負担がかかり、ついうっかり立ち上がるとぎっくり腰になるので、出来るだけ横になるようにしているからかもしれない。

一見行儀が悪いと思われがちなのですが、私としては無意識のうちにぎっくり腰になる恐怖から避けているようです。

最近、自転車サービス工房で気心の知れた方とお話しをする機会が多く、それによって仕事以外の事でもいろいろと学ぶことも多い。

どうも、このようにひとりひとりと面と向き合っていろいろとお話しするのが性に合うのか、あまり気心の知れていない方々とのSNSも含めたコミュニケーションはとても苦手です。

又、この歳になるといろいろな団体の会長や名士になる方が多いようですが、どうもそういうのは私としては性に合わない。

やはり、死ぬまでこのままのスタイルで過ごしていきたいと思う今日この頃だった。

7月7日(日)

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

その朝一番に、久しぶりにゆるポタサイクリングを実施した。

勿論、平地のみで、出来るだけ車の少ない道路や自転車道を走ったので、初心者の方も安全に走れたのではないでしょうか。

犀川河川敷の自転車道も道路工事も終わり全面開通となり、海岸線の自転車道もあまり砂がなくて割と走りやすかった。

初参加の方や久しぶりに参加された方など日頃あまり顔を出されない方の参加もあり、実施してよかった、よかった。

特に、海岸線沿いの自転車道は、青い海と青い空が絶妙のコントラストで映り、とても気持ちよく走れた。

ひとりひとりの走りを診ながらまだ行けそうだったので、当初のコースを変更して美川大橋まで走り、そこから折り返して安原の第三倉庫にたどり着いた。

何しろ、行きは向い風で、体力をかなり消耗されたメンバーもおられたが、帰りは逆に追い風で、漕がなくても走れる強さに次第に体力を回復されてホッとした。

で、第三倉庫で楽しいブランチを食べながらとても楽しいひと時を過ごした。

その間、初参加の方に走り方、走行の仕方を教えたり、帰ってからはフィッティングをして膝の痛みに対してのアドバイスをしていた。

7月6日

今日は、朝から曇りの比較的涼しい一日。

その朝一番に、当店集合で再び犀鶴林道のある内川ダム方面へと向かった。

水曜日、金曜日と2日間、ロングと山岳サイクリングをしたので疲れが残っていたが、気力で内川ダムと犀鶴林道の激坂を登って無事頂上にたどり着いた時はホッとした。

特に、犀鶴林道の頂上を目指す最後の長い激坂では、皆さんに遅れまいと必死に漕いで何とか登り切る事ができた。

頂上の記念碑を背景に記念写真を撮り、暫しの心地よい、皆と楽しく語りながらの休息に安堵した。

そこからは長い激坂の下りで、時折見えてくる手取川と鶴来の街並みはとても綺麗で感動そのものだった。

ようやく坂を降り、鶴来の”おもてや”のあんこたっぷりの焼まんじゅうを食べた時は幸せそのものだった。

さらに、帰りの途中のビリオン珈琲でなんと、モーニングではなくて、昼食兼用のカツカレーを食べながらとても楽しいひと時を過ごした。

7月5日

今日は、朝から曇りの割と涼しい一日。

その朝6時半に犀鶴林道の入り口である熊走へと向かった。

気温もそれほど高くなく、絶好のサイクリング日和と言っても過言ではない。

ここからの登りは過去2度ほどあったが、詳しくは覚えていなくて只淡々と頂上を目指した。

ようやく頂上らしき場所にたどり着き、そこで記念写真を撮ったあとの下りに差し掛かる途中でなんと、ヤマネコ?とキジ、イタチが目の前を横断した直ぐにイノシシが通り過ぎ、危機一髪で衝突を免れた。

で、その後直ぐに大きな成獣の熊が目の前から一目散に高台に登っていくのがわかり、度肝を抜かれた。

熊鈴を付けてきたのがよかったのかもしれない。

今まで内川ダムと犀川ダムに行く途中で鹿に目の前で遭遇した事はあったが、まさかそれらの動物と遭遇するとは思ってもみなかった。

なので、怪しそうな下り坂はあまりスピードを出さないようにしなければならない。

で、夕方のニュースを見ていると、なんと湯涌から見上峠に差し掛かる坂の途中で、サイクリストがクマに襲われて怪我をしたのを観てゾッとした。

皆さん、山間の道は十分に注意して走りましょう!

7月4日

今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

どうも最近は、週末や水曜日にとらわれずにメンバーと走る事が多く、毎日のように走っていると言っても過言ではない。

私にとっても走る事によって学ぶことも多い。

特に、走行上のトラブルやこうすればもっと楽に走れるなど机上のメンテナンスと違った面からの勉強にもなる。

特に、坂道での走りは、その勾配によって理に適った踏み込むサドル位置に変えたり、ホイールの外周をより軽量にする事によって軽く走れるようになる。

でも何と言っても、走る速さは日頃の走る距離に比例するような気がしてならない。

特に、ロングを走り込むとその効果は覿面に現れる。

理想のロードバイクは、その勾配に応じて自動的にサドルの高さや前後位置、傾き、さらにハンドルの高さ、ステムの長さを変えてくれるオートマチックロードです。

さらに、AIでその人の疲労具合に応じて、自動的にギアを変速してくれる究極のバイク。

と、妄想が頂点に達している今日この頃だった。

7月3日

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

その朝一番に、200kmロングライドを目指して氷見方面へと向かった。

その途中の深谷温泉から内山峠に差し掛かる坂は、かなり勾配がきつくて途中で失速してしまった。

今回は出来るだけ速く走るのが目的だったので、登りは全てアウターにして、下りは50km/h以上で下った。

さすがに小矢部にたどり着いた頃にはかなりバテ気味になり、それでも平地で30km/h以上を心掛けて走った。

雨晴のコンビニでパンとコカ・コーラで朝食を取った時はさすがにホッとした。

さらに、氷見の道の駅から七尾を目指して走ったが、もう一人のメンバーに全く付いて行けず、かなり遅れ気味に走った。

そのスタミナは一体何処から来たもんだろうとちと驚きを隠しきれなかった。

氷見から七尾市に差し掛かる坂は、さすがにバテてしまい、かなり失速して走ったが、もう一人は軽々と力強く、前へ前へと走っていたのには驚いた。

ようやく七尾にたどり着いて、途中のごはん処に入ってラーメン定食を頼んだが、その女将さんがその間能登島トライアスロンや千代ずしについていろいろと話してくれた。

何か、火野正平の心旅で途中で寄っていたごはん処の楽しい会話を思い出した。

そこからは和倉温泉に向かって走り、さらに能登島大橋を渡り、ツインブリッジから中島を目指して走った。

中島ロマン峠道の駅で休憩していると、なんと当店で以前にロードを買われた年配のお客さんに出会い、いろいろとツールドのとについて話し合った。

そこからは中島のかき処海から志賀町を目指して走り、さらに羽咋~津幡を通ってようやく家路にたどり着いた時はホッとした。

でも、最後の最後の津幡でパンクして、フレームポンプのバルブ口のキャップが無くなっていたのには驚いたが、何とか騙しだましながらある程度の空気が入ってよかった、よかった。

走行距離200km、獲得標高1500mの11時間に及ぶロングランドが無事に終わった。

7月2日

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

夕方には、私の高校以来の友人が自転車サービス工房に寄られ、仕事や生き方についていろいろと話し合った。

もうあれこれ50年近くのお付き合いで、私にとって一番気の許す仲間なのかもしれない。

相手に対してどんな事を言っても許される仲間ってそう多くは無いように思う。

最近は、SNSで自分の悪い面を隠して、良い面だけを相手に伝える傾向にあり、なかなかその本性を見抜けない傾向にある。

それによって、広く浅い表面上だけの付き合いの人が多く、心から打ち解けて話し合う相手が殆どいない。

若い頃は、夜明けまで人生その他についていろいろ話し合う場面が多かったが、今はそういう方がほとんどおられない。

更に、夜には業界の会合があり、これまた同じ世代の方と顔を突き合わせて経営や生き方についていろいろと話し合った。

最も、このような付き合いは昔は当たり前だったのにと思う今日この頃だった。

7月1日

今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

なんと、今日のウインブルドン第一回戦でまさかの世界第2位の大坂なおみが世界39位の選手に初戦敗退した。

思うに、グランドスラムの4大大会の内の2大会に連続優勝した選手が勝てなくなったのは何故だろうとふと考えた。

急に脚光を浴び、一躍有名になったあとの自分自身のフォローがうまく出来なくなったのでは・・・・・

得てして、このように急に注目を浴びた選手が突然不振に陥る事は日常茶飯事。

で、如何にしてそこから立ち直るかがその人の裁量で、やはりそれには周りに踊らされない強靭な心臓が必要なのではと思った。

あのイチロウ選手のようにどんな事があっても、自分がやるべき練習を毎日欠かさず実行した選手が長く安定した成績の選手生活を続けられる気がした。

この事は、スポーツの世界だけではなくて、ビジネスの世界においてもそのような事が言える。

今まで順調に推移していた実績が、ちょっとした気の緩みで急に悪くなる事もよくある話です。

でも、そのあとそれに気づき、たゆまぬ努力を怠らない事が回復させる一番の秘訣なのかもしれない。

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