2013年

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6月30日
今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

その朝一番に朝練の集合場所の大手町ファミマに向かった。

集合場所には、和佐谷方面へサイクリングに行かれる方も含め20名近くが集合された。

我々朝練組は、当初の予定通り、小立野〜笠舞〜大桑〜別所〜内川ダム方面へと向かった。

今回初参加のいしちゃんとたけこさんも走られたが、いしちゃんは既に過去何回も走っているので大丈夫でしたが、たけこさんは初参加で坂は初めてのようで、さすがに勾配のきつい坂は押して歩かれた。

あまり無理をすると、足が痛くなるので、押して歩くのが正解だと思った。

でも、最後まで内川ダムや山のパン屋さんまで諦めずに走られたのはすごいと思った。

一方。まっきーさんも当初よりずっと力が着いたのか、あまり苦もなく内川ダムや山のパン屋さんの勾配のきつい坂を登っておられたのには驚いた。

内川ダムで集合写真を撮ったあと、登ってきた道を引き返して途中から山川方面に降りて、山のパン屋さんへと向かった。

そのパン屋さんの手前の坂は勾配がきつかったが、皆さんお若いのもあってあまり苦もなく登られた。

10時開店だったが、その前にまっきーさんが予約してあったので、到着すると既に何種類かのパンが焼きあがっていて、今年初で出された風味にあるちそジュースと共に美味しく頂いた。

やはり焼きたてのくるみパンやいちじくパン、よもぎアンパンはとても柔らかくて美味しく、口の中でふわっと溶けるような噛み心地だった。

店に到着したのは当初の予定より多少遅れたが、すぐにシャワーを浴びて着替え、ブリヂストンサイクル館を開ける準備をした。

なんとそれからは、怒涛のようにお客さんが来られ、終日息つく暇もなかった。

その合間を見計らって、我サイクリング仲間といろいろ話し合って安らぎのひと時を過ごした。

6月29日
今日は、朝から晴れのからっとした暑さの一日。

ふと最近思うに、私はどうも複数の人前で会話する能力に欠けているのではないのか。

というのは、今の話題で、もし他の人だったら、その場を盛り上げるような楽しい話をするんだろうなぁと思う事がよくある。

その原因としては、生まれつきの人見知りからくる、見知らぬ人の中へ積極的に混じって打ち解ける社交性がゼロに等しい事かもしれない。

どうも言葉というのは、多少曖昧性があって、その発言が一番その場でふさわしくなくても、違う表現でも話の内容を告げる事ができる。

聴いてる側にしてみれば、ちとその表現はその場でどうかなぁと思っても、それによってどんどん話が先へ先へと進めることができる。

ひょっとして私は、大勢の前でのコミュニケーション能力に欠け、以前に何回も言っているように1対1の会話の中でしか自分の本当に言おうとしている内容を伝達できないのかもしれない。

大勢の前で発言をする時も、その順番が来るに従って、ああ言えばいいのか、こう言えばいいのかと頭に中で堂々巡りをしていて、結局、話そうとする内容がまとまらない事が多い。

完璧にその内容を発言するとなると、紙に書いた内容文を一字一句間違わないで読む事以外にない。

ひょっとして私にとって、話す事ができれば英語での会話の方が相に合っているような気がする。

というのは、まずは結論から先に言って、そのあとにそれに関する内容をほぼ決まりきった文面で話せばいい。

日本語のように、感情表現で多種多様の言い回しがないのが話しやすくていい。

という訳で、いろいろな言葉の言い回しがある日本語での発言の難しさについて感じた事を書いてみました。

6月28日
今日は、朝から晴れの少し蒸し暑い一日。

久しぶりに本を読もうと、百田尚樹の”永遠の0”を読み始めた。

ここで内容を書くと、今から読もうとする方に失礼なのであえて書かないが、筋書きとしては零戦について

いわゆる、それに乗って、命を顧みず突撃する特攻隊についてで、命を国に捧げる若者の心理状態がいろいろ書かれている。

そういえば、昔映画で特攻崩れの鶴田浩二のそれに捧げるシーンをよく観たが、三島由紀夫も美化していたような国に捧げる純粋な愛国精神に則ったものとは多少その心掛けが違ってた。

まだ走りがけしか読んでいないが、筋書きが間違っていたらすみません。

夜には、日本酒の会とイノキちゃんの誕生会を兼ねて、イノキちゃんとムラさん、トモちゃん、くるみちゃん、めんさんと遅れてハタナカくんが登美さんに集合した。

どうもまだ風邪が完全に治りきっていなくて本調子ではなかったが、立山限定大吟醸やアイス日本酒、品評会優秀酒、日本3大名酒、刺身に最も合う宗源などとても美味しいお酒で埋め尽くされ、風邪も吹っ飛んでいった。

くるみさんが持って来られたどっきゃらの有名な誕生祝いのケーキもとても美味しく、和やかなとてもしゅばらしい誕生会でもあった。

でもひとつ残念だったのは、睡魔には勝てずに途中でついつい横になってしまった。

多分、この中で私が一番酒に弱いのが立証されたようだ。

いや、少し風邪気味だったのでと言い訳してもやはり弱いのは事実です。

いや〜、皆さん、顔色変えずに淡々と飲んでいる姿を見るに、なんて強いんだろう今更ながら感心してしまった。

ふと終わってみると、風邪もすっかり治ったように感じ、風呂に入ると同時にすぐに睡魔に陥った。

6月27日
今日は、朝から晴れの少し暑いが清々しい一日。

風邪はほぼ完治して喉の痛みも治まったが、まだ少し咳っぽく、少し痰が絡んだ状態。

熱もなくて、頭も痛くないのですが、どうも体全体がだるくて力が出なくて疲れっぽい。

夜寝ていても熟睡できずに浅い眠なのか、目が覚めるごとに夢を見ている。

夢が現実なのか、寝ているのが現実なのか判らず、夢遊病者のごとく幻想の世界に浮遊しているような気分。

で、眠りが浅いのか、どんなに寝ても寝ても眠気が取れない。

やはり自転車に乗っていない(運動していない)のが、あまり体調が優れない原因なのか?

午前中、小橋さんとマルコさん、みーさん、3号さんの4人が当店に集合され、富山方面にサイクリングに行かれた。

ひょっとして木曜サイクリング?

最近、勤務もグローバル化されて、土日以外の休みの方も多く、水曜以外のウィークデーサイクリングもありなのかと思った。

店は、週末以外でも休みの前後の日も忙しく、なかなか仕事の合間にちょこっとサイクリングできる日が少なくなった。

やはり、平日も含めて、朝サイクリングが私にとって一番合ってる時間帯なのかもしれない。

さてと、朝サイクリングの準備でもしようかと言ってみた。

6月26日
今日は、数日前の天気予報に反して朝から雨の梅雨らしい一日。

なんで、週間天気予報に反して雨が降ってきたのか未だに原因わからず。

その朝一番の6時30分には、当店駐車場に小橋さんとくるみさん、まっきーさん、みっちゃんの4人が集合した。

プリンスさんも車でその間に顔を出したが、さすがの雨で行くのを断念された。

さてさて、どこへ行くぞいやと考えたが、結局、当初の計画通り、海王丸パークへと向かった。

平日で雨が降っていたので、人出はまばらだったが、早速、車で今月の16日に自転車・歩行者道路が開通した新湊大橋をまずは車で渡った。

あの日本海側最大の斜張橋を渡ると、左側には広大な日本海と右側には工場群が眼下に見え、とても素晴らしい光景に皆さん満足げだった。

その後、自転車・歩行者入口のエレベーター近くに車を停めて、エレベーターに乗って、自動車道下に設置してある歩道橋を400mほど景色を堪能しながら歩いた。

安全対策を重きに置いたのか、歩道の両側はガードレールが付いたガラス張りの窓で覆われていて、あまりよく景色が見れなかった。

でも、ここでは、雨が降った日にジョギングするには打って付けの場所だと思った。

その橋を渡ったところから少し歩いたところに越ノ潟乗り場があり、そこから渡船で向こう岸へ渡った。

そこでだいやらが、タイタニックの映画そのもの?の姿でデッキ先端?に立っていたら、案の定、係員に注意された。

その後、車で富山の世界一美しい公園である富岸環水公園のスタバへと向かった。

ちょうど、偶然にも先に連絡してあったみーさんも同時に来られ、皆んなで美しい公園の見えるスタバに入った。

コーヒーとスイーツを注文して談笑したあとに、近くの糸電話で結ばれた恋人の聖地の建物に登った。

なんと、愛の告白用に糸電話が設置されていて、告白したあとにノートにその嬉しい一瞬の夢心地状態を書けるようになっていた。

そこからは、一気に昼食をとるために、新湊の寿司屋さんに向かった。

さすが、回らない寿司屋さんのランチは、新鮮な魚が載せてあってとても美味しかった。

その後、すぐ近くにある新湊道の駅横にある天然温泉”海王”に入り、源泉そのままの高張性のナトリウム塩化温泉で成分濃度が濃くてすぐに温まった。

そこで豆乳ソフトクリームを食べたあと、雨降る中、家路へと向かった。

自転車には乗れなかったが、とても楽しい充実した一日だった。

6月25日
今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

どうも最近は、スポーツサイクル館が忙しくて、ブリヂストンサイクル館は比較的暇。

最もスポーツサイクル館は、スポーツサイクル及び関連用品の販売の他に修理をしなければならないので忙しいのはわかるが、ブリヂストンサイクル館は、一般車と関連用品の販売をしているだけで、その購入客以外は殆ど来店する事がなくて暇です。

そうかと言って、修理するにもガラス張りの風除室は直射日光が当たり、エアコンをつけても暑く、とても修理などできない状態。

さて、そうなると来客頻度を増やすにはどうしたらいいのだろう?

そこが思案のしどころで、これから追々、その難問を解決する手段を見つけ出してみせます。

理想的には、一般車の修理を受け入れればその来店頻度は急に高くなるが、その修理場所の風除室の暑さをなんとか解決しなければならない。

でも、修理に専念していると、自転車購入客の説明が出来なくてそのお客さんを取り逃がしてしまう。

ああ、〜若きウェルテルの悩み〜と言ってみた。

6月24日
今日は、朝から曇りのどんよりとした一日。

朝起きてみると、ようやく喉の痛みも少しづつ治まって、熱も次第に引いてきていた。

でも、治りがけ特有の副産物としての症状があったが、次第にそれも少しずつ治まってきているように感じた。

振り返ってみると、久しぶりの風邪は相当酷かったようで、よくもまあ、仕事ができて自転車に乗れたか不思議でならない。

もしかしたら、あの10数年続いている内灘ロードレース応援サイクリングへは絶対に行くという固い決意が各症状を軽減させたのかもしれない・

さらに、一昨日からの禁酒も、その症状軽減に大い役に立っているような気もする。

自転車の楽しみ方って、大きく2つに分かれてくる。

各ロードレースでいい成績を残したいが為に頑張る派とゆっくりでもいいので、景色や風情を堪能しながら走るポタリング派の2通り。

前者は、黙々とひとり辛い練習を重ねることによって、次第にタイムが上がるのを目的に練習するが、後者は、皆と談笑しながら、景色を堪能し、有酸素運動によるストレスを発散させるのが目的。

私も中学時代に水泳のタイムを上げるために、部活で辛い練習をしたあともひとり黙々と練習をし、その結果優勝を手にした事があった。

すなわちタイムを上げるには、ひとり孤独な練習の積み重ねによってのみ成績が上がるような気がする。

勿論、力が同じようなライバルと一緒に練習するとさらに効果が上がる。

 6月23日
今日は、朝から晴れの清々しい一日。

その朝一番のまだ風邪による喉の痛みが残ってたが、10数年続いている内灘応援サイクリングに参加すべく、5時30分前に当店向かいの大和公園に集合した。

集合場所には、2号さんとストーンさん、セナタクさん、ろどすたさん、イノキちゃん、たけこさんが集合し、犀川河川敷からは、プリンスさん、くるみさん、みっちゃんが合流し、アカシア台からはまっきーさんが合流し、内灘道の駅からは、かっちゃんが合流した。

その間、熱はそれほど高くはなかったが、話をする度に咳き込んでうまくしゃべれなかった。

でも、風邪にもかかわらず走っていると、その風邪による痛みが和らぎ、むしろ心地よい運動となった。

いつもより30分早くスタートしたので、スタート地点までは、押し歩きする事もなくてスムーズに走る事ができた。

競技の最初は、レディースチームTTで、華やかに着込んだチームウェアを着込み、とても見応えがあった。

その後、一般のチームTTで、我PKからは3組エントリーしていた。

さすがに、名古屋、大阪地区のTTメンバーの目の前を通過しているスピードを観ても、フレームも然ることながら最高のパーツのオンパレードで、その速さの違いが一見してわかった。

我チームも、エアロ形状のフレームとホイールにDHバーを装着して走れば、約3〜4km/hは速く走れ、さらに上位を目指す事が出来たように思われた。

でも、あのノーマルなロードで割と速く走っているののは驚いた。

その最後の我PKメンバーの出走とゴールを見届けて、レース会場をあとにして家路に向かった。

さて、帰ると、既にお客さんが居られ、修理や商談、納車整備をしたあとにすぐにシャワーを浴び、軽く食事をとった。

店は、昼間の暑い時を除いて、お客さんがひっきりなしに来られ、その対応に追われた。

その夜、珍しく昨日に引き続き、アルコールを断ちますた。

6月22日
今日は、朝から雨で午後から晴れの一日。

兎に角、時間がないので、一番短い日記を書きます。

風邪に始まり、風邪に終わった一日。

それと共に、心もどういう訳か、すきま風が漂う一日でもあった。

病は気からということわざがあるが、その逆で気は病からにぴったりの一日でもあった。

その気とは、走れないからくるもののような気がする。

さて、明日は10何年間か継続して続いている内灘応援サイクリング。

多少、風邪気味でも途絶えさす訳にはいかないので、参加しますと言ってみた。

6月21日
今日は、朝から曇りの比較的涼しい一日。

朝起きると、相変わらず喉が痛くて時々咳も出るようになってきた。

でも、食欲が落ちたり、熱が出たりはしないので、まだ仕事ができて自転車にも乗れる。

で、昼前には無謀にも、ロードでブリヂストン新車展示会が開催されている野々市へと走った。

勿論、曇りで雨が降っていなかった。

展示会場には同業者が何人かおられ、円安によって値上げされた新車を見ながら時間を費やした。

どうも一般車は、新車といえどもあまり代わり映えしない車種が多く、もう少し斬新なデザインや工夫を凝らした車種が出るような努力をして欲しかった。

ヨーロッパでは、スポーツ車はもとより一般車でも斬新なアイデアの車種が多く、価格も5万円から10万円までの値段帯の車種が多い。

一方、日本では、最大手のブリヂストンサイクルでさえ、春先限定の通学車や電動自転車以外はせいぜい3〜4万円の車種が多く、これでは斬新な自転車は生まれて来ない。

ましてや、自転車大手チェーン店のサイクルベースあさひやイオンバイク、さらにスーパーやディスカウントストアで売られている価格帯はほとんどが1万円台の車種ばかり。

それが世間一般では標準化しているので、なかなかその認識を打ち払うような価格帯の自転車は生まれにくいのは事実です。

ある並車(安物)メーカーが先日倒産した。

その原因を探るに、作っている車種の殆どは大手メーカーのパクリのデザインばかりで、独自のデザインされた斬新な車種はひとつもなく、そうなるのが当然なのかもしれない。

今の若い世代は、シンプルでファッション性に優れている車種だったら、例え高くても購入意欲は大いにある事を理解して欲しい。

帰りは、お決まりの小雨に会いながら家路に向かった。

ああ、しゃっくりが止まらないので、この辺でお開きにします。

6月20日
今日は、朝から曇りの蒸し暑い一日。

さて、今日も朝起きてみると、喉が痛くて風邪の初期症状。

兎に角、ぐっど飲みをすると喉が痛くて、扁桃腺が腫れている。

このように風邪の症状が現れたのは、ざっと1年ぶりくらいです。

バカは風邪を引かないというように、私はほとんど風邪を引いたことがない。

多分その原因としては、夜中に窓を開けて腹を出して寝ていたかもしれない。

湿気があり、蒸し暑いとクーラーでは冷えすぎ、扇風機でもその暑さを解消できなくて、ついついこのようにひんやりした夜風に当たるのが一番涼しくて気持ちがいい。

仕事中は、体を動かしていると暑くて汗ばむが、事務仕事でじっとして扇風機にあたっていると体が冷えて寒くなる。

やはり梅雨時の湿気のある蒸し暑さは、過ごすには最悪の環境のように思う。

今、この日記を書いている翌日もその症状が消えなくて、体がだるくて疲れが取れない。

一応、薬を貰いに医者に行ったが、熱もなくて鼻水が出て、喉が少し腫れているというので4種類の薬を5日分出された。

昼には、PKルームでまっきーさんが虫に食われたというので、近くのアオキに行ってバルサンを買ってきた。

勿論、それを試すのは始めてで、書いてある説明どおりに食べ物を別の場所に移し、部屋の真ん中で水を入れて煙を出し、3時間そのままで閉め切っていた。

6月19日
今日は、朝から雨の蒸し暑い一日。

朝起きてみると、喉が痛くて風邪かなぁと思いアローレに行くのを諦め、ほとんどの時間を家で過ごした。

ここ最近、忙しくて映画をほとんど観ていなかったので、久しぶりに近くのゲオでDVDを4本も借りてしまった。

まず最初に観たのは、”ライフ・オブ・パイ”というトラと漂流した227日という映画。

父親がインドで動物園を経営していたが、補助金が打ち切られて経営状態が思わしくなくなったので、家族総出でカナダに移住しようと船で旅立った。

その船出の途中で嵐による遭難に遭って船が沈没し、主人公の少年だけが救命ボートで助かり、そこにはなんとしま馬とモンキー、ハイエナさらにトラまでもがそのボートに入り込んでいた。

そのハイエナは、しま馬とモンキーを食い殺したが、そのハイエナもトラによって食い殺されていしまった。

で、少年とトラのにらみ合いが何日も続き、少年は仕方がないので筏を作って生活し、トラはボートの中で過ごしていた。

幸い、食料は救命ボートの中に保管してあった為に、その食料で何日も食いつないでおられた。

だが、それも突然の嵐で食料が流されてなくなり、空腹を満たすために海の魚をとって、トラと共にそれを食べながら食いつないでいた。

その生きるか死ぬかの中を彷徨っている少年とトラの姿がものの見事に描かれ、窮地ってこういう時だなぁと思った。

この極限状態では、人間の本性が見え隠れして、そのままじっと耐える人ともうだめだと諦める人の大きく分けると2通りある。

前者は運良く生き延びる事があるが、後者はそのまま死んでしまう。

その反面、過酷な漂流中の海での大自然の姿がとても美しく描かれているのに心奪われた。

極限状態の空腹の中でメキシコ湾に漂着した時に、トラは恩義も感じず振り向きもしないで去っていった事に少年は落胆したが、それは人間と猛獣の違いで仕方がないと思った。

でも、とても感動的ないい映画だった。

次に観たのは、吉永小百合主演の”北のカナリア”で、あの北海道の最北端の離島での分校で繰り広げられた生徒と先生の物語。

あの離島から見えるさらに北の雪に覆われ真っ白な山々がとてもきれいで、前作同様感動してしまった。

人間模様としては、主人公の吉永小百合が小学校の先生でその夫が大学教授だったが、その夫がガンを患い、療養のためにふる里の離島に帰って来た。

ある日、バーベキュー大会を生徒と一緒に夫も参加したが、ふとした事から女生徒が海に転落してしまい、それを夫が助けたが、力尽きたのか波に呑まれて溺れて死んでいった。

その間、先生はある恋心を抱いている男に別れを告げるために会いに行ったが、運悪くその現場を生徒に見られ、誤解を招くようになった。

それらに関する人間模様がものの見事に描かれたとても素晴らしい作品だと思った。

6月18日
今日は、朝から雨の少し蒸し暑いが比較的涼しい一日。

さて、何故か今日は体が辛くて、やたらと鼻水が出て睡魔が襲ってくる。

原因としては、走りすぎ?呑み過ぎ?仕事が忙しい?寝不足?湿気が多い?のいずれかなのですが、それを特定することはできない。

幸い、明日はお休みなので、ゆっくり療養したい。(翌日喉が痛くて、アローレを諦める)

今日良かった事は、あの構想に一歩近づけた事で、なんちゃらの第一歩はなんちゃらですという言葉どおりでした。

店はこの天気だったので、一日中暇で、納車及び展示車組立に時間を費やした。

夜には、私は参加しないのですが、温泉ライダーや富士ヒルの打ち合わせに、SuperDRYさんとセナタクさん、みーさん、3号さん、遅れてまっきーさんとくるみさんが来られた。

私もご飯がなかったのでその打ち合わせに参加し、皆さんの美味しそうなおかずやスイーツを食べながら歓談し、とても楽しいひと時を過ごした。

というより、ある時間帯から風邪気味で睡魔が襲ってきたので横になってうたた寝をしていた。

結局、打ち合わせ5分?歓談3時間になってしまった。

兎に角、料理も後片付けも買い物もできない私が参加してどうもすみませんでした。

6月17日
今日は、朝から晴れの快晴で真夏日の暑い一日。

そうなのです。ここでは言えませんが、ある壮大な構想に向けて着々と準備をしています。

と言っても、私個人に対してで、第三者から見るとなんだと言われるかもしれませんが・・・・・

そのお話は、ある我メンバーから言われたのがきっかけで、目の前の好機を逃すと当分その好機は訪れて来ないと思ったので・・・・・

時期、場所、内容がぴったりで、それによって我が店もとてもプラスになるし、私の最後の構想になるかもしれない。

いや、それは具体的になるまでシークレットなので、その話はそれまでにしておきます。

夕方にふとテレビをちらっと見ると、温泉ライダー主催者の温泉ホテルアローレの美人おかみさん?が映っていて、日帰りプランについて説明していた。

まずは、洋食、和食のバイキング付で温泉にも入れ、アクティビティでプールや卓球、テニスもでき、総額がなんと2500円で、まさに雨の降った日には最高のくつろぎ場所だなぁと思った

ここの社長さんは2度ほど当店に来られた事があり、さすが温泉ライダーの主催者だけあってスポーツ好きを魅了するプランだなぁと思った。

と、取り留めのない事を考えながら、週明けの比較的暇な一日を過ごした。

6月16日
今日は、朝から晴れの日差しが強い一日。

明日、朝練があると聞いていたので、起きれれば行こうと思っていた。

で、なんと起きたのは大手町ファミマでの集合時間の15分前で、顔を水に濡らしただけで急いで着替え、目的地のファミマに向かった。

集合場所には、キヨマーさんとちかちゃん、さらに店内にはくるみさんがおられ、その後、かっちゃんが来られた。

少し走った卯辰山入り口付近では、セナタクさんが追いつき、皆んなで鈴見方面へと向かった。

さて、私は少し二日酔い気味だったので熊走へでもと思ったが、皆さん夕霧に行きたそうだったので、途中金沢大学方面へと曲って行った。

金沢大学キャンパス道路〜俵町〜見上峠へと登っていったが、なんとその途中の医王山寺の手前でシューという音と共にあっけなくパンクしてしまった。

ちょうどパンクしたのはチューブラタイヤで、少し時間がかかると思って先に皆さんを走らせて、固いリムセメントでこびりついているタイヤをレバー無して引き裂いて外した。

ああ、富士ヒル用に履いた1万円のタイヤもこれで一巻の終わりとなった。

その後、あとを追いかけるように夕霧へと向かった。

その途中の医王の里では、かなりバテ気味のキヨマーさんが待っておられたので、もう少しと励ましながら2人で夕霧頂上へと向かった。

ようやく、山頂に到着した時は4人がくつろいでおられ、なんと同時にランで登ってきた男女もおられのにはびっくりした。

その後、キヨマーさんも蛇行しながらも足を付く事なく登って来られ、霧のかかっている山並みを背景に記念撮影をした。

下りは、リムセメントがあまり付いていないタイヤだったので、外れないように慎重に、慎重にスピードを殺しながら下った。

まだ初心者のちかちゃんの下りスピードの速さには驚いてしまった。

田上のパン屋さんのディプシーにようやく到着し、美味しいモーニングセットを食べながら雑談し、とても楽しいひと時を過ごした。

店に到着すると、一斉に洗車し、途中濡れていた路上の泥で汚れたロードを洗い流した。

私はその間、シャワーを浴びて着替え、ブリヂストンサイクル館の開店の準備をしていた。

その後、皆さんは大野方面のカフェへと向かった。

夕方には、真っ赤に日焼けした奥飛騨天空の牧場に行かれた○態ご一行様が帰って来られた。

兎に角、前日にどんなに呑んでもサイクリングされる我PKメンバーはまさに○態そのものだと思った。

6月15日
今日は、朝から雨の比較的涼しい一日。

さて、今日はハタくんとトトロちゃんの結婚お祝いの会を大和公園内の市民芸術村に隣接するレンガ亭で行なわれた。

参加者は、ほぼ全員がPKメンバーで、ひとりハタくんのバンド仲間のボーカルの方だけが違っていた。

まずは、幹事のセナタクさんとパンダくん、まっきーさん、みっちゃん、3号さんのPKジャージによるパフォーマンスによる自己紹介があった。

なかなか仮面による自己紹介は板について面白かった。

その後、まっきーさんの乾杯の挨拶があり、二人の馴れ初めについて詳しくいろいろと上手に話されたので、私の挨拶の話の内容がなくなってしまった。

実は、そういう事があろうと、密かにあのはしだのりひことクライマックスの”花嫁”を歌いたいなぁと思って歌詞を用意していた。

さらにその後、いよいよクライマックスかと思われる、ウィンターズさんとパンダくん、めんちゃんによる自衛隊行進曲?を演じてくれた。

あのキビキビとした仕草と連隊長によるハキハキとした言葉が周りに共感と笑いを誘った。

さらに、めんさんの真面目切った真剣な顔とキビキビしたしぐさ、パンダくんのとぼけた動作がその笑いに拍車をかけた。

ああ、この世知辛い世の中で、忘れかけていた日本人の心が思い起こされた。

その間、みっちゃんの友人の手作りのトトロをデザインしたケーキの入刀もおこなわれ、ウィンターズさんによってユーモアたっぷりに、面白可笑しくつつがなくとりおこなわれた。

その後、ハタくんと同じバンド仲間のボーカルの歌で、ハタくんのエレキギターの演奏の下、とても盛り上がった。

最後に私の挨拶という事だったが、まっきーさんが私が言おうとしていた事を全ておっしゃったので、サブメニューの花嫁の歌をなんとあの若いガノくんのアカペラ伴奏で歌った。

でも、只歌詞を見て歌っただけで、少し酔っていたせいか、どのように歌ったかははっきり覚えていない。

只、歌詞の内容で”帰れない 何があっても 心に誓うの”と”なにもかも 捨てたは花嫁 夜汽車にのって”はトトロさんの前に出て強調した事だけは覚えている。

この曲に決めたのは、さらに歌詞の内容で”あの人の写真を胸に 海辺の街へ”がハタくんの高松の海の近くを連想させ、さらに七尾線で能登に嫁いでいくトトロさんの様子を連想させる歌詞だったからです。

古い曲ですが、2人を連想させるほんのりとしたいい曲でよかったと思った。

最後に二人の挨拶があり、あの正直なハタくんの挨拶の内容やしっかりしたトトロさんの話の内容がとても印象的だった。

記念撮影をしたあとに2次会の座談に行き、あとは少しふらつきながら家路に向かった。

6月14日
今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

ここ一週間あまり毎日とても忙しかったが、今日の午前中だけは比較的暇でスポーツサイクル館の応援に行く事もなかった。

その間、久しぶりにインターネットでいろいろな情報を入手していた。

昨日もこの日記で書いたが、情報としては確かにいろいろなものを入手できるが、その本質を見極めようとするとなかなか見つけ出すことができない。

以前にあるサイトを興味深く見ていたことがあるが、じっくり読んでいると、本人が熟慮して考え抜いた挙句に本質を見抜いて述べているのではなくて、いろいろな知識の集積をただ単に要約しているだけなのがわかり、興味が薄れた事があった。

なんの知識がなくても、その事だけに邁進し、その本質を見極めた文面に出会うことはネットの世界では無理なような気がする。

その文面は人を惹きつけ、まるで別世界に誘われるような幸福感に満たされた世界です。

勿論、宗教的なものではなくて、なんというか山下清やゴッホの絵画の世界のような気持ちが前面に出たものです。

という瞑想的なものに耽っていた午前中でした。

午後からは、久しぶりにアルコさんやかっちゃんがロードに乗って来られ、この暑さにもかかわらず乗るっていうことは、少しづつロードの本質に魅了されてきているのでは・・・・

さらに昨日は、セナタクさんが暑い中、200km越えで輪島まで往復されたのを観るに、さらなるロードの隠された魅了に取り付かれてきたのかなぁと思った。

私も若い時は、35℃を超える猛暑の中を走った事が何回もあるが、セナタクさん同様、その暑さ以上に走る事の魅力に取り付かれたからこそ走れたのではないのか。

どのような世界でも、ひとつの事に脇目も振らずに邁進する事はとても魅力的な事です。

我サイクリング仲間も少しずつその虜になりつつありますが、くれぐれも事故だけは気をつけてくださいと言ってみた。

一人で走るのも良し、2人で走るのも良し、複数で走るのも良しと魅力いっぱいのロードの世界でした。

6月13日
今日は、朝から晴れの昨日と同様暑い一日。

個人情報保護法という法律があるが、誰が提案して、何故それを法律化したのだろう。

昔は、所得番付表や大学合格者氏名が堂々と新聞に載り、人々の情報源とし公開されていた。

それによって掲載された人が狙われたり、ストーカー行為されることはなかった。

その一方で、現代のMixiやTwitter、Facebookでは、個人情報が垂れ流しで、それら以上に個人情報が暴露されて容認されているのはおかしな話だ。

さらに、インターネットでのアンケートや入会申込案内などで投稿されている人の個人情報が無造作に流出されている。

さらにスマートフォンの普及で、逐次、ソーシャルネットワークによる人々の所在地や行動が暴露され、その法律は一体何を目的に設立されたのかわからない。

挙句の果て、ストーカー法などという法律もでき、多分その情報源の多くはソーシャルネットワークから入手されている。

さらに、昨今の株価の乱高下も、ヘッジファンドという巨大な投資組織によって世界中がコントロールされて、それによって大きく景気が左右されている。

安倍政権での日銀の景気緩和策によって一時は株価が急激に上昇したが、その後、急勾配で下降し、元の水準まで下落してしまった。

証券会社や銀行も上昇している途中で、今が株やファンドの買いと言って顧客に購入を促していたが、それに応じた個人投資家は全て大損したようです。

これらは、自己責任で実体経済をよく見極めて買わないと同じように大損することになる。

それはさて置き、人間同士のつながりにとって一番大切な事は、面と向き合った1対1の会話の中でしか得られないのではないのか。

連絡事項やイベント告知するには、ソーシャルネットワークは確かに有効な手段かもしれないが、人の本心を見極める手段ではないような気がする。

人間の頭脳は、パソコンやスマートフォン以上の能力があり、その見極めはそれでしか得られない。

と、堅苦しい文章になったが、たまにはいいでしょうと言いながら、今日は其の辺でお開きにしましょうと寅さんが言っていた。

と、個人情報がひとつもない文章になってしまった。

6月12日
今日は、朝から晴れの真夏のような暑い一日。

というのも、11時過ぎの湯涌温泉口の温度計が33℃にもなっていた。

その朝一番には、昨日mixiで宣言した湯涌温泉近くの浅の川温泉”湯楽’へ行く準備をしていた。

本当は、その当時ブリヂストンチーム(アンカーチームの前身)が使用していフレームブリヂストンに乗っていこうとローラー台から外すとなんとパンクしていた。

仕方がないので、試乗車で使っているトレックのOCLVカーボンロードに乗って、着替えやタオルを詰め込んだディーバックを背中に背負い、いざ湯楽へと向かった。

始めは、いつものように田上の朝霧台から行く予定だったが、温泉に浸かるには十分な汗を流して使ったほうが気持ちがいいというスケベ心が生まれ、急遽、金沢大学キャンパス道路からごみ捨て場〜田島2号線へと向かった。

何故かこの暑さで体調が思わしくないのか、何時もと違うロードに乗って荷物を背負っている影響なのか、それほど勾配のない金沢大学キャンパス道路の坂でさえ、ヒィーヒィー言って登った。

ましてや、勾配がキツくなるごみ捨て場の坂から田島2号線の坂では、今にも止まりそうな速度で上り、何回も降りて引っ張っていこうかと思いながら登った。

ようやく、見上峠にたどり着いた時は、息絶え絶えで精根尽き果てていた。

そこからの湯涌温泉口の芝原に降りる坂道は、下りで反対にとても爽快だった。

そこから刀利ダムに向かう少し登ったところに目的地の浅の川温泉”湯楽”があった。

早速、PKジャージ姿で中に入り、着替えて入ったのはいいのですが、石鹸とシャンプーがないのに気づき、慌ててサイクルパンツを履き、番台で石鹸とシャンプーを買った。

浴槽は、100%純生の湯の少し熱い戸室の湯と温めの天然ラジウム入りの医王の湯の露天風呂と室内にはその成分の泡風呂と普通の風呂の合計4つがあった。

露天には虫が入らないような網が全面に張り巡らされていて、その隙間から涼しい風が吹き込んできてとても気持ちが良かった。

さすが100%天然の湯だけあって、入っていると自然に疲れが取れていくような錯覚に陥った。

さらに、サウナ風呂もあったが、熱くて数分で外に出てしまった。

帰りはずっと下り坂で、生ぬるい風であったが、とても気持ちが良かった。

6月11日
今日は、朝から晴れの昨日に引き続き蒸し暑い一日。

ああ、2店舗を2人で切り盛りするのもあと一日。

まずサイクルスポーツ館の開店の準備をして掃除を済ませたあとは、向かいのブリヂストンサイクル館の開店準備をする。

それらに要する時間は1時間くらいで、その後は次々と来られるお客さんの対応をしながら修理や納車整備、展示車組立作業に取り掛かる。

やはりサイクルスポーツ館の方がずっと忙しくてそちらで仕事をしているのですが、その間、ブリヂストンサイクル館に入店される方も多く、その度にそちらへ向かった。

又、以前にもこの日記で書きましたが、作業場である風除室は全面ガラス張りになっていてとても暑くて、クーラーを入れても直射日光ですぐに汗ばんできてしまう。

といって、作業場を変えようとしても、ちょうどいい場所はなかなか見当たらない。

そういえば、風除室というのはそもそも、寒い雪の降る冬に玄関に入る前に体や傘の雪を落とす場所。

それが夏になると、直射日光が照り付けて蒸し風呂と化してしまう。

確かに、直射日光さえなければ総ガラス張りで見通しもよく、スポーツサイクル館の動向も見える作業場としては最高の場所なのにと思った。

まあ、本格的な修理場所をサイクルスポーツ館に設置したことは正解だったような気がする。

そうかと言って、3人がサイクルスポーツ館で作業をするくらい作業場も広くもなく、その間ずっとブリヂストンサイクル館の入店を気にしながら作業をしなければならない。

まあ、少し暇になったらその問題を解決したいと思っています。

明日は、この忙しかった一週間の疲れを癒すために、なんとロードで湯涌温泉近くの湯楽へ行って参ります。

勿論、着替えやタオルを持って行かなければならないので、ディーバックを担いでセカンドカーのセコイヤかフレームブリヂストンロードに乗っていきます。

6月10日
今日は、朝kら晴れの蒸し暑い一日。

というのは、今年始めての台風が太平洋側で発生し、徐々に日本に近づいてきている。

お店も、モトくんと2人で切り盛りする日もあと2日間。

何故かしら、2人で切り盛りしている方が3人でいる時よりもずっと忙しく感じる。

今日も、普段の週明けの月曜日は割と暇で、組立の自転車も入荷しないので、特に午後からはさらに暇になるが、この日に限って朝から修理や商談、納車整備で忙しかった。

さらに、次男が東京に引越しするに当たって住民票がいるとの事で、市役所に行きそれを取って来て、さらに郵便局に行って速達で不動産屋さんにそれを送った。

勿論、移動は自転車で、かなりの速度でそこへ向かった。

役人というのは、頭のお固い種族なのか、個人と家族の住民票のどちらがアパートへの提出書類としてはいいのですか?という質問に対して、それは事情によってそれぞれ違うので私の口からは答えれませんと言った。

代理で取りに行っている者にとって、二通りの書類があるとはさすがに誰も解らないのではと思った。

よく考えてみると、家族全員のがあれば、個人も出ているのでそれでいいのにとあとで気がついた。

帰ると同時に再び修理や商談に明け暮れ、あっという間に時間が過ぎていった。

その後、まだ何も考えていない某地方雑誌との広告の打ち合わせで、即効で原稿を考えて提案した速さに自分なりに驚いた。

夕方には、訳のわからないヤクザが駐車場に車を停めて、テープとスパナを貸してくれと言いに店に入ってきた。

ダメだというとしつこく迫るので、お客さんもおられ仕方なく貸したが、駐車場に無断で車を停めて車を修理しているのを見て注意したが、金払えばいいんやろうと怒ってきたのには驚いた。

昔と違って今のヤクザは、常識のない単なるアホの集団だなぁと思った。

こうやって修理や商談で忙しく動き回っていると、あの2人で次々と仕事をこなしていた数年前を思い浮かべとても懐かしかった。

6月9日
今日は、朝から晴れの昨日に引き続き清々しい一日。

その朝一番には、この日記でゆるポタ宣言をした手前、昨日ちと呑み過ぎて睡魔に襲われて頭がボーとしていたが、なんとか時間内に朝サイクの準備ができた。

で、外に出てみると、既に3号さんがハイエースで当店駐車場に集合されていて、ちとお話をしたあとにsuperDRYさんも来られたが、時間がないので集合場所の大手町ファミマに向かった。

mixiや掲示板で誰も告知していなかったので誰も居ないのではと思ったが、集合場所には、わっしーさんとキヨマーさん、あかさたなはさん、みっちゃん、さよちゃんがおられホッとした。

コースは、いつもの湯涌温泉方面で、鈴見〜若松〜田上〜浅川町から湯涌街道へと向かった。

少し肌寒かったが、ひんやりして気持ちよく走れてとても良かったと思った。

途中でわっしーさんがパンクして、即効で自転車屋さんらしく方が手際よくチューブ交換をしていた。

私は、息子がフランスに行っていないので、定時にはお店を開けなければならなく皆さんには悪かったが、湯涌温泉まで行かずにいつもの坂を上り、熊走街道に出て、だいやらの好きな辰巳ダムを渡って田上のディプシーへと向かった。

ディプシーでは、モーニングを食べながらいろいろお話をして楽しいひと時を過ごした。

さて、その後、シャワーを浴びて、お店を開く準備をしている間も次々とお客さんが来られた。

今までブリヂストンサイクル館にずっといたが、いざスポーツサイクル館で仕事をしていると、次々とお客さんが来られて雲泥の差で忙しく、商談や修理や納車整備で息つく暇もなかった。

昼過ぎには久しぶりに金ちゃん、ジュンちゃん親子が来られ、私と同じ名前の?まだ1歳になっていないアキちゃんを見るのは始めてで、抱こうと思ったが、皆さんことごとく泣かれていたのを見て諦めた。

夕方には、山中温泉組も帰って来られ、皆さんとても楽しそうで事故もなく良かったと思った。

あと、私とモトくんで2店を切り盛りするのも2日間、頑張りましょう!と言ってみた。

6月8日
今日は、朝から晴れの清々しい一日。

その朝一番には、この日記でゆるポタ宣言をしたのが、誰も来なかったらひとりで走ろうと集合場所の大手町ファミマに向かうと、ちょうどセナタクさんとかっちゃんが来られたので東山から卯辰山に登った。

勿論ゆるポタでゆっくりゆっくりと登ったので、あまり疲れないで登る事ができた。

その後、相撲場横の坂を降り、鳴和の火葬場から例の伝説を語りながら我が母校の金沢桜丘高校の坂を上り、大樋町へと降りた。

その後、兼六園下の小将町〜東兼六町〜石引から金沢大学病院へと坂を上り、笠舞の方に降りて、再び石引の坂を上り、小立野から田井町に降り、旭町のパンダくんの家の横を通り、再び小立野へと登った。

その後、本多町界隈を回遊して、旧美大あとの歴史を感じさせる金沢歴史博物館や古き県立美術館のある本多の森公園を散策し家路に向かった。

たまには、朝練もゆっくりのんびりとしたゆるポタもいいものだなぁと思った。

店は朝から忙しく、終日修理や納車整備、商談に追われて息つく暇もなかった。

夕方には、奥能登一周サイクリングを楽しんだ入江(町)さんが来られ、夜の呑み会に誘われたので、8時30分頃仕事が終わり、片町の沖縄料理の店ガジマルへと向かった。

そこには既に入江(町)さんとのまちさん、ウィンターズさん、みーさん、ちかちゃんが既に出来上がっていて、私もすぐにオリオン生ビールを注文した。

さすがに疲れていたのかしばらくで酔いが回り、今日の奥能登ツーリングの素晴らしさや伝説の??について話し合い、とても楽しいひと時を過ごした。

最後の締めに片町のカフェアルコブレーゴに寄ったが、団体予約が入っていてダメだったが、偶然にもアルコのとある子さんがその応援に駆けつけていたので、暫し立ち止まって話していた。

その後、すぐ近くのラーメン”一風堂”でビールを呑みながら、細麺の美味しいラーメンを食べたあとほろ酔い気分で家路に向かった。

6月7日
今日は、朝から晴れの少し汗ばむ一日。

最近いろいろと忙しすぎるのか、ふと心にぽっかり穴が空いたような気持ちに陥る事がある。

というのは、どうもこの頃、いろいろ物事をするに至って自信がなくなってきているような気がする。

多分客観的に観て、人よりも全ての面で劣っているのか、何をやってもちぐはぐで周りの人が合わせてくれているだけなのかと思ってしまう。

もう少し冷静に落ち着いて行動しなければと思っていても、ついついでしゃばる事が多くて反省しています。

景気にしても、あの破竹の勢いで上り調子だった株価が、ある時期を境に急に下落し始め、人々の意思とは反対の水準まで下がってしまった。

今日、ムラさんとも話していたが、ここ近年寒いと思ったら急に暑くなり、過ごしやすい居心地のいい春と秋がある日本の四季までもが次第に失われてきている。

やはり一度、それら負の要素を打開するために、毎朝朝4時30分から始まる大乗寺で座禅を組み、無の境地に入らなければならないのか?

商売をしていて一番辛い時は、心が落ち込んでいる時にそれを顔に出さずに接客する時です。

勿論、顔に出ると、その時点でお客さんもその心を見抜いて帰ってしまうので商売になりません。

それをジッと堪えて商談するのが真の商売人とわかっていても、なかなかその境地にはなれません。

と、久しぶりにネガティブな文面になってしまってすみませんでした。

だいやらさん、差し入れありがとさんです。

6月6日
今日は、朝から晴れの比較的暑い一日。

今日から一週間、テツヤがフランスへ行くので、店は私とモトくんの二人で切り盛りしなければならない。

その朝一番には、お客さんが次々と来られ、その対応に追われた。

そういえば、ブリヂストンサイクル館がオープンして3ヶ月が過ぎ、私は殆どがその館に居るのですが、修理がサイクルスポーツ館でやっている事もあって、殆どの時間を展示車の組立や一般車のお客さんの商談で時間を費やしている。

で、今日はさすがに修理が多く、スポーツサイクルの商談もあって、ほとんどの時間をスポーツサイクル館で過ごした。

本来は一般車の修理をブリヂストンサイクル館でやりたいのですが、なにしろ修理場が狭くてそれに対応しきれないないので、一度作業場を見直さなくてはならない。

さらに、店舗が駐車場の奥にあり、ショーウィンドウがない為にその認知度が低く、認知されるのにはかなりの時間を要するのではと思った。

お客さんの入店の頻度を見ても、スポーツサイクルを観に来られる方が多く、ブリヂストンサイクル館の入店頻度は比較的少ない。

勿論、両店舗が道を挟んで向かい同士にあるために、行き来が簡単で、店舗効率がよくて最高の環境なのですが、その両館がある事をもっと認知させる必要があるのではと思った。

それにはもう少し時間を要するのではないのか・・・・・

次男も今日の夜には東京へ行ってしまい、17日からの仕事をするために、アパート探しや事務的な諸手続きをしなければならい。

明日からあと5日間、仕事量が急に増えるために、ぎっくり腰にならないように慎重に仕事を進めなければならない。

土日の朝練も、ゆるポタで近場を2時間ほどゆっくり走ろうと思っています。

で、それに参加される方は6時に大手町ファミマ前に集合してください。


もし誰も来なければ、ひとりで疲れない程度に市内散策します。

6月5日
今日は、朝から晴れの最高のサイクリング日和の一日。

その朝一番の7時に、小橋さんとセナタクさん、東力さん、みっちゃんが当店駐車場に集合された。

そこからハイエースとminiの2台に分乗して、むぎばくさんが待っている金丸駅へと向かった。

のと里山街道が無料になり、ゲートもなくなったので、あまり時間がかからずにスムーズに羽咋まで行く事ができた。

金丸駅にはむぎばくさんが既に待っておられ、ロードをハイエースに乗せてリエさんが集合される七尾の能登食彩市場へと向かった。

ちょうど我々が到着したと同時にリエさんも到着し、挨拶を交わしたあと、おニューのPKジャージに着替え、さらに集合写真を撮り、いざ氷見方面へ出発した。

リエさんは、1年前から我サイクリング仲間に入会していたのですが、みんなと一緒にサイクリングするのは今回が初めてだった。

暑くも寒くもないちょうどいい気温で、湿気もなく、風もあまり吹かない最高のコンディションの中、七尾火力発電所横を通り、海岸線沿いにアップダウンを繰り返して氷見方面に向かった。

むぎばくさんは、乗り始めた頃とは見違えるくらいに速くなり、勾配のきつい坂も難なくスムーズに登る事ができた。

氷見海岸からはずっと追い風になり、漕がなくても前へ前へと進み、常に30km/hくらいのスピードを維持する事ができた。

あっという間に今年移転した氷見道の駅に到着し、そこに売っていた氷見きんつばを食べながら店内をぐるっと周った。

時間もまだ12時を回っていなくて昼食にはちと早かったので、その近くにある氷見牛カレーで有名な牛屋へと向かった。

そこでは、氷見牛贅沢カレーを注文したが、普通の氷見牛カレーに比べて肉が倍入っていてとても美味しかった。

そこからは、金沢医科大学付属氷見病院の前を通り、神子原地区から羽咋へと向かった。

途中、神音カフェでコーヒーを飲もうと寄ったが、団体予約が入っていて入れなかったので、近くの神子原の里でいちじくソフトを食べた。

その後、羽咋市内を通って、金丸〜中能登町の風情のある旧街道から山間のアップダウンした道を通って七尾へと向かった。

その能登食彩市場に到着したときは、出発してから約100kmでちとロングであったが、天気もよく、追い風の最高のサイクリングだった。

6月4日
今日も、朝から晴れの比較的暑い一日。

昨日もそうでしたが、富士ヒルの疲れがあまり出なくて淡々と仕事をこなしていた。

午前中は、スポーツサイクル館に直射日光が当たり暑く、午後からはブリヂストンサイクル館が西日が当たり暑くなる。

まだ最高気温も30℃に達していないが、午後からのスポーツサイクル館は直射日光が強くてクーラーなしでは耐え切れない。

特に組立兼修理場は全面ガラス張りになっているため、それを和らげるためのポスターや横断幕を貼っても、その強い西日はもろともせずに風洞室に降り注いでくる。

勿論、冷房を付けても、その西日の強さには勝てずにその風洞室だけは暑さがなかなか抜けきれない。

さてさて、そうすると組立場所を移動しなければならないが、今の状態だとその適正場所がなかなか見つからない。

その風洞室には、当店で買われた通勤用の自転車がパンクしたよっしーさんが来られ、リアのチューブを交換したのですが、やはり27インチだと少し長すぎるのか作業しづらかった。

でも、工具やメンテナンスケミカル類をもうちょっと整理すればどうにかなると思った。

そうそう、アメリカの大学院を卒業した次男が、新入社員を採用する時期からかなり離れていたが、希望職種の中の4社を受けて2社から内定をもらうことが出来ました。

あとの1社は最終の社長面接だけを残していたが、来年の4月入社だったので丁重にお断りした。

もう1社は不採用でした。 

で、2社のうち、今月から働いてもいい某研究所に行く事に決まり、東京のアパート探しに時間を費やしていた。

職種が職種だけに、1ヶ月に数回外国に行かなくてはならなく、今までとあまり変わらない生活パターンだなぁと思った。

6月3日
今日は、朝から晴れの清々しい一日。

最近、自分がいずれの面でも中途半端な性格で悩んでします。

1、話の内容がちぐはぐであまり理解してもらえない。

2、物事をやっていると、どこかで必ず一回しくじってしまう。

3、ものをきちんと片付けられない。

4、人の気持ちを察しないで思っていることをそのままズバズバ喋ってしまう。

5、すぐなんでも、あまり考えないで先に行動していしまう。

6、人の話をあまり真剣に聞かない。

7、固有名詞をすぐに忘れてしまう。

8、先にすぐ結論から言ってしまいあとで後悔してしまう。

これらの悩みは、この年になるとなかなか治らないので、まあ、それがあまり気にならない人と付き合うしか方法はない。

と言っても、それらを全て容認してもらいう人はほとんどいないと思うが、それはそれで仕方がない。

さらに、この日記を書いていても、文章力が劣っているのかあまりいい文面が書けない。

何か忙しすぎたあとにふと、心の隙間が出来てこのような少し落ち込んだ気分になるには仕方ないのか?

確かに、肉体的にはそれほど疲れていはいないのですが、その反面その疲れが精神的に出てきたのかもしれない。

という訳で、今日はこの辺でお開きにします。

6月2日(日)
今日は、朝から晴れの肌寒い一日。

それもそのはず、今、富士山の麓の富士山麓公園で出走を今か今かと待っているところです。

会場には、約5000人以上の参加者とその他応援に来られる人やスタッフ、ブース関係者で混ったがえっていた。

まずは、記録上位100名がスタートして、その後、レディース、申告タイムの速いグループ順に次々とスタートを切った。

私の申告タイムは2時間なので、スタートして約1時間遅れでセナタクさんと同じグループでスタートを切った。

それから2kmくらい走ると、いよいよケート前の計測地点があり、事実上のスタートはそこからだった。

始めは勾配がきついとの事で、インナーギアでケイデンスをあげながら漕いでいたので、次々と前の選手を追い抜きながら走れ、とうとうセナタクさんや先にスタートを切っていたアサヒさんまで追い抜いて走った。

で、ようやく1合目のその区間を割と速く登ったのが堪えたのか、その後は、勾配が緩くなったにもかかわらず見事に次々と選手に抜かれながら走った。

途中ではセナタクさんにも追い抜かれ、乳酸による足の痛みが麻痺するのを待ちながら走っていたが、一向に麻痺する様子もなく、むしろ痛みがさらにひどくなり、失速しながら走った。

3合目付近では、だらだらっと連続したゆるい坂に耐え切れず、頭の中では、ここでひと休みすれば楽になりますよという悪の声が聞こえてきた。

という事は、そろそろ足が限界に来ているんだなぁと悟った。

さらに、4合目付近で追い抜いたはずのアサヒさんにも抜かれた時は、その疲れもピークに達し、あとに付いて行く気力もなくて次第に離されて行った。

その後は、只只気力との戦いで、まだ麻痺せぬ足を酷使しながら上へ上へと登った。

その間、さらに多くの選手に抜かれ、自分の失速にがっかりしたと同時にこれが限度だと開き直り、残りの10km足らずを歯を食いしばりながら登って行った。

最後の平坦地に出る前の勾配のきつい坂では、足が回らなくて今にも止まりそうな速度でしか走れなくなった。

ようやく、平坦地に出てもそれほどスピードが上がらず、そこでも次々と選手に抜かされ、最後のゴール前の勾配のキツい坂では、声援だけが励ましとなってかろうじてゴールする事ができた。

タイムを見ると、スタート地点から既に2時間を超えていて、計測地点からの2時間切りも微妙になってきた。

既に足はフラフラのなり、降りる事も歩く事もおぼつかなくなっていた。

途中でPKジャージは見えると、何故かしらホッとして我に返った。

そこで、面白そうなファンライドのオフィシャルの方にPKメンバーの写真を撮ってもらったので、ひょっとして雑誌に出るのではと思った。

その後、去年ほど寒くはなかった長い坂を下り、スタート地点の山麓公園にようやくたどり着いた。

そこで、吉田うどんとスイーツを食べてようやく極限状態の疲れがほぐれていった。

さらにその後、帰り道で河口湖温泉寺の露天風呂に入り、英気を養った。

でも、振り返ってみると辛かったが、とても充実した楽しい一日でもあった。

6月1日
今日は、朝から晴れの清々しい一日。

その朝一番には、集合場所の当店駐車場にセナタクさんとパンダくん、イノキちゃんのハイエース組とソツくんときーさん、かめさん組、ふーさんとのまちさん、めんさんの10名が集合した。

その後、入江(町)さんとみーさん、みっちゃん組とハタくんとトトロちゃん組が富士山目指して出発した。

我々は、もりの里から金沢大学〜ぬく森の郷経由で福光ICへと向かった。

そこからは、東海北陸道で飛騨清見へと向かった。

さらにその飛騨清見ICで降り、下道で風情のある山間を抜けて高山へと向かった。

運転手のパンダくんとセナタクさんには悪かったが、途中、観光旅行気分で久しぶりに朝から缶ビールを一缶呑んでしまった。

新緑とまだ山頂が雪に覆われた北アルプス山脈がとてもきれいで、最高の行楽日和?となった。

その高山で、車を停めて近くの老舗のお肉屋さんで飛騨牛コロッケを買い、近場をぶらぶらしていると後発組の入江(町)さんカーが近くまで追いついて来ているとの事でその到着を待っていた。

そこで合流して、高山の古き伝統の老舗を観ながら闊歩していた。

途中、だいやらの学生時代の初恋の人のお父さんが経営しているサイクルショップに入ったが、何故かしらだいやらさんは照れくさいので入らなかった。

そこからは、平湯〜安曇野を通って松本へと向かった。

その松本ICで長野道に入って、終点の岡谷JCTから中央道に入り、甲府〜大月〜富士吉田へと向かった。

富士吉田ICで降りて、そのまま受付会場の富士山麓公園へ行けばよかったが、私事で申し訳ないが、娘夫婦と孫2人に会いに行くために近くの恩賜林公園へ向かった。

でも、道を間違えてその周りを少しウロウロして、ようやく会う事ができた。

娘と旦那とおーちゃんとはるちゃんは、去年に引き続き会えたのでとても嬉しかったと共に同行の皆さんに感謝、感謝だった。

その公園では、セナタクさんとパンダくん、イノキちゃんが、童心にかえって回転ブランコやジャングルジム、滑り台で遊んでいたので良かった、良かった。

その後、意外と近くの北麓公園で皆さんと合流して、イベントブースを見ながら時間を費やした。

代わりに受付をしていただいためんさんはじめ、皆さん方どうもありがとうございました。

その後、ハタくんに予約していただいた宿泊先の富士緑の休暇村は施設も食事も最高で、どうもありがとうござました。

あのSL列車で食事を運んできたのにはとても驚いた。

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