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10月31日

今日は、朝から雨の寒い一日。

その午前中には、我PKメンバーのかっちゃんとレスキューさんの結婚式場である森本のぶどうの木へと向かった。

空は曇りで、これならロードで行けると思ったが、走ってみるとなんのその、小雨が顔に当たり、眼鏡がその雨粒で曇ってしまった。

でも、途中から引き返すわけにはいかず、そのまま目的地まで突っ走った。

案の定、私以外誰一人ロードに乗ってこられる方はいなくて、この雨では当然だったのかとちと後悔した。

その会場にはなんと、PKメンバーが20名ほど集合されていて、二人の門出を祝った。

新郎のレスキューさんはおとなしい方なのですが、シンクロクロスなどに参加され、とても頑張り屋さんで優しい方。

一方、新婦のかっちゃんは、PKに入会して間もない頃、2人で一緒に車で山中温泉サイクリングに行ったが、その道中にいろいろとお話をさせてもらったが、素直なとても優しいお嬢さんだと思った。

お2人がお付き合いされたきっかけは、年末の南知多半島一周ふぐ満腹サイクリングで、たまたまお2人が遅れて金沢から一緒に車で向かった時からです。

その宴会が終わった2次会の席で、私はすでに眠りに就いたが、レスキューさんが愛の告白をしたようです。

当店にとってもこのお二人は、何台も自転車や関連用品を買っていただいて大のお得意さんでもあるんです。

どうぞお幸せに・・・・・と言ってみた。

10月30日

今日は、朝から曇りで時々雨の肌寒い一日。

今日は久しぶりにDi2を組んでみた。

勿論、フレームはDi2専用のメーカーのトップクラスフレームでメカニカルコンポーネントは取り付ける事ができない。

エレクトリックコードは、ブレーキワイヤーの通し穴のすぐ下にある小さな穴で、コードの頭がかろうじて通る穴です。

それをそのまま貫通さすのは至難の業で、早速、パークツールのDi2専用工具を使った。

なんとなんと、コードをこのツールに繋いで挿入すると外からの磁石の力で少しづつもう一方の通し穴へ誘導できるじゃアーりませんか。

もし、このツールがなければ、フレーム内のカーボンの巣に引っかかってとてもじゃないけれど通し穴まで誘導はできない。

これを開発した人は偉い!と思った。

ようやく、内臓バッテリーとフロント、リアディレーラー、ケーブルジャンクションAから来るコードをケーブルジャンクションBに接続したが一向に各ディレーラー動作がしない。

原因は、内臓バッテリーとエレクトリックメカの年式が少し違っていてアップデートして同じバージョンに書き換えをしなければならなかった。

早速、ノートパソコンに接続して画面に従ってそれぞれをバージョンアップすると、不思議や不思議、なんとメカが動いた―じゃアーりませんか。

その後、そのジャンクションBとエレクトリックコードを束ねて、BBに挿入するコンバーターの邪魔にならないようにフレーム内に押し込んだ。

でようやく、フレームからの組み付けが完了した。

その他にも各エレクトリックコードの長さを考慮して組み付けなければならなく、きちんとフレーム内に収まるようにしなければならない。

このDi2は、メカニカルケーブルのように伸びないために微妙な変速調整に悩まされることがない。

さらに、上り坂でトルクがかかっている時に、フロントのアウター側からインナー側に落とした時のチェーンはずれが全くない。

勿論、STIレバーの変速によるストレスやフロントディレーラーのチェーンの接触による音鳴りも全くない。

なので、今度の冬のボーナスには是非Di2にバージョンアップしてみませんかと言ってみた。

10月29日

今日は、朝から晴れの山間にしては暖かな一日。

朝湯に入って、朝食バイキングを食べて嬬恋村の鬼押し出し園へと向かった。

浅間山のふもとにある1783年の浅間山の大噴火で流れ出た火砕流でできた溶岩が至る所に転がっていてその凄まじい様子がありありと見てとれた。

この様子はとても衝撃的で、改めて自然の凄まじさを感じた。

快晴の中にそびえる浅間山の頂上では、活火山である証明として、白い噴煙が雲のごとく少しづつ立ち上っていた。

そのふもとには、今が真っ盛りの紅葉があたり一面に広がっていて、その青空ととてもマッチしていた。

更にその溶岩も異様な光景だったが、それがまたいやにコントラストでとても見応えがあった。

その後、再び軽井沢へと戻り、そこから富岡市へと向かった。

ちょうど昼食時になってきたので、この地で有名なこんにゃくパークへ入った。

なんと、受け付けで申込用紙に記入するだけで無料のこんにゃくバイキングを試食する事ができた。

その中には、こんにゃくラーメンやこんにゃく焼きそば、こんにゃくおでん、こんにゃく杏仁豆腐などがありいずれとても美味しかった。

それで腹いっぱいになり、それがすべて無料なのには驚いた。

その後のこんにゃくのおみやげを売るのが商売で、日本全国を回ってもこのような大規模な試食のサービスをしているところはないだろうと思った。

腹いっぱいになり、いよいよ世界遺産である富岡製糸所へと向かった。

ところがイメージと裏腹にその当時の面影が薄く、只観光客ばかりが目立って当初描いていたイメージとはかけ離れていた。

只々、ガイドさんに付き添われた団体客がそれほど面影深い様子にない人工的に修復されたような工場を案内しているだけの様子だった。

これだったら、今も稼働しているむぎばくさんが働いている羽咋の能登上布や城端にある日本抵抗器の方が余程見応えがあったと思った。

金沢も北陸新幹線開通で観光客が多く訪れているが、それに便乗して値段を釣り上げてサービス低下にならないようにしたいものです。

兎に角、この二日間は天気にも恵まれて紅葉もきれいで、多くの観光地を回れてとても満足だった。

10月28日

今日は、朝から小雨がぱらつく肌寒い一日。

その朝一番には、生まれて始めて乗る北陸新幹線で軽井沢へと向かった。

勿論、席に着くと同時に早速ビールを呑んだ。

確かに速くて振動が少なく、席も広くて足を十分に伸ばせて乗り心地は最高だった。

只、トンネルが多すぎて、昔のような風情のある田園風景や遠くにそびえる山々や海があまり見えないのが残念だった。

まあ、その間殆ど仮眠をとっている人にとっては、早く到着するのに越したことはないだろう。

2時間ほどで軽井沢に到着し、その駅前にあるレンタサイクル屋さんでママチャリを借りて、一路、旧軽井沢商店街へと向かった。

そのメイン通りから少し離れると別荘地が至る所にあり、今が最も見頃な紅葉の中を通り、その商店街へと向かった。

その商店街には多くの観光客が歩いておられ、自転車を押して歩かなければならない程だった。

そこを通りすぎると、再び紅葉がきれいな別荘地に入り、その光景がずっと続いていた。

やはり、さすがに昔からの東日本の代表的な避暑地だなぁと思った。

そこから再び駅前に戻り、そのすぐ近くの明治創業の歴史の古い食堂でかつ丼を食べたがとても美味しかった。

その店内には、有名人のサイン色紙が至る所に貼られていてなるほどなぁと納得した。

その後、駅の南口にある広大なアウトレットを歩いて散策した。

グッチやなんちゃらとかのいろいろな有名ブランドのお店がずっと並んでいたが、私には何を売る店なのかさっぱりわからなかった。

只、気がかりだったスポーツサイクルのアウトレットストアがあるかなぁと見て回ったが、そのようなお店は1軒もなかった。

そこからは、バスに乗って宿泊先の草津温泉に向かったが、その道中、さらにきれいな紅葉が途切れる事もなく、道の両脇に生い茂っていた。

定期路線バスと言っても、まるで観光バスのようにその道中ずっとこの地についての説明の放送が流されていてとても参考になった。

1時間15分ほどでようやく草津温泉のバスターミナルにたどり着いた。

そこから旅館まで歩いたが、湯畑周辺の光景はさすがに東日本で一番の温泉街だと言う事が納得できた。

旅館にたどり着き、着替えをしたあと早速、温泉街周辺を金沢マラソンの練習も兼ねてランで走った。

いやぁ、平日というのになんでこんなに人通りが多いのだろうと驚いた。

更に、山間の温泉地と言う事もあって、坂が多くてまるでクロスカントリーをしているように感じた。

特に、西の河原公園での登りは特にひどくて、足が棒のようになった。

更に、道もわからなくなって出たとこ勝負で走っていた。

ようやく、大回りして無事温泉街にたどり着いた距離が7kmだった。

宿に到着すると同時に温泉に入ったが、硫黄の独特の香りがしてとても温まった。

その後、夕食を食べたが、その味は加賀屋を除くどの加賀温泉旅館よりも美味しく感じられた。

とても満足な軽井沢及び草津温泉だった。

10月27日

今日は、朝から晴れで夕方から雨がぱらつく比較的暖かな一日。

オイルディスクのディスクキャリバーの交換についてちょこっと書いてみます。

この作業をする時に特に注意しなければならないのは、ミネラルオイルが付着すると厄介なブレーキパッドやタイヤには特に気を付けなければならない。

ブレーキパットに付着した時は交換するのが一番で、タイヤは洗剤できれいにふき取りましょう。

なので、こぼれたら、こまめにぼろ切れで拭いたり、パーツクリーナーで洗浄したり、さらに手を頻繁に洗わなければならない。

又、エアー抜きには少し時間がかかるので、根気よくすべてのエアーが抜けるまで我慢、我慢。

更に、オイルホースの取り付けのネジは規定トルク内で十分に締め付けないとオイル漏れを生じるので注意しなければならない。

兎に角、この作業はオイルで汚れるので、周りの物へのオイルの付着には十分に気を付けなければならない。

さて、明日からいよいよ今年始めての温泉旅行。

小さい時に一度行った記憶のある群馬の草津温泉へ行ってきます。

軽井沢でレンタサイクルに乗ってアウトレットモールへ行き、草津で金沢マラソンのラン練をする予定です。

勿論、自走では行かないのであしからず。

10月26日

今日は、今年最低気温の一桁の朝を迎えた比較的寒い一日。

スポーツサイクルというものはメンテナンスが付き物で、使用したあとは必ずその調子をチェックしておかなければならない。

特に、ブレーキ関係と車輪の固定のチェックは重要でそれによって事故が起こる可能性もある。

今日もある量販店で売られている新車同様のスポーツ車の調子がおかしいと持って来られたが、なんと後輪のナットが緩んでいて車輪がチェーンステーに接触していた。

もし、このまま気づかずに乗っていたら、坂道の途中であれば車輪が急にロックし転倒して、重大な事故につながりかけない。

なので、当店では組み立ての際、ブレーキと車輪のナット及びクイックレバー、さらにハンドルの締め付けには特に注意している。

そういえば、昔の自転車は性能がよく、とても長持ちしてフレームがボロボロになるまで乗れた。

いわゆる、すべてがメイドインジャパンの製品だった。

タイヤにしても、今のタイヤのようにタイヤの目がすり減る前にひび割れする事もなく、タイヤの下地の布が出るまで乗れたものでした。

更に、錆に関してもたとえメッキであっても今のステンレスよりずっと錆びにくかった。

更に更に、ナットのネジの精度もよくて、一旦締めると殆ど緩んでこなかった。

なので、品質は超一流の日本製品を再び復活して欲しいもんだと思うのは私だけなのか?

10月25日(日)

今日は、朝から晴れの肌寒い一日。

どうも最近は金沢マラソンで頭がいっぱいで、果たして無事に完走できるかとても心配になっている。

何しろ、25km以上走った事がなくて、その先の未知の距離を走るとどうなるんだろうと思ってしまう。

最近の犀川河川敷には、金沢マラソンを走ると思われるアスリートでいっぱいで、何か自転車道なのにロードで走るのが気兼ねなくらいです。

確かに、信号待ちや交差点がなくて⒑km以上走れるコースは金沢市内でここくらいなもの。

たとえ痙攣したりフラフラになっても横の芝に横たわれて、人の迷惑になる事もない。

トライアスロンの一環としてランを始めて2年余り、殆どが向かいの大和公園で5kmくらい走るのが精いっぱいで、⒑km以上ほとんど走った事がなかった。

それを走れるようになったのはごく最近で、それでも20kmが限界でそれ以上は未知の世界です。

今年は特にお店の方が忙しくて、週末に皆さんと一緒に走れる時間がほとんどなくて、やきもきしている次第です。

もっと時間に余裕があれば、週末に皆さんとサイクリングはもとより、ランやトライアスロンの練習もしたのですが、現状ではとても無理な状態です。

誰か企画を立ててそれらをやってもらえませんか?と言ってみた。

報酬は無理なのですが、ちらっと食事でも奢りますよと小さな声で言ってみた。

10月24日

今日は、朝から晴れで昼過ぎから曇り時々雨のすっきりしない一日。

その朝一番には、朝練の集合場所である大手町ファミマへと向かった。

その集合場所にはなんと、10名以上のメンバーが集合されていた。

私が先導で出発できる時間は、仕事のの事もあって6時30分が限界なので朝早くてすみません。

本当は、日の出が遅いのと朝が冷え込んでいるので7時過ぎに出発した方がベストなのですが・・・・・

その今日は久しぶりに、金沢大学キャンパス道路を通って俵~見上峠~夕霧峠へと向かった。

3日前に走ったランの影響はほとんどなく、意外と順調に登る事ができた。

でも、さすがにイワナの水槽から医王山スキー場の駐車場までの激坂と医王の里の直前のの激坂は足に堪えた。

周りの木々は、まだ本番とは言えなかったが、かなり色づき始めていた。

さすがに時期がもう遅いのか、夏場のような多くのローディとすれ違わなかった。

その頂上では、全員集合したところで紅葉を背景に記念撮影をした。

いや、少し風が強くて肌寒かったが、景色がよくて青空が出ていたのでとても清々しかった。

10月23日

今日は、朝からは秋晴れの清々しい一日。

秋の夜長は、いろいろな事についてついつい瞑想してしまう。

と言っても、悩みごとで落ち込んでいるわけでもなく、何かぱっくりと心の中に穴が開いた感じ。

いわゆるセンチメンタルになった感じかなぁ。

いや。孤独感がひしひしと込み上げてくる感じなのかもしれない。

Facebookやmixiでいろいろな投稿に目を通すのですが、確かにそれぞれの記事を読んでいろいろな情報を入手するのにはいいけれど、何かそれでも満たされないものが残ってしまう。

やはり秋の夜長には不思議な力がある。

と言っても、私は10時近くになると寝込んでしまって、その夜長を味わう時間がとても少ない。

多分、夢の中でそれを味わっているのかもしれない。

その思いは、ひとり自転車に乗ってサイクリングをする時にも込み上げてくる。

行く先々でぃいろいろな光景に出会い、会話はできないがその景色と一体になり物思いにふける事ができる。

そうそう、幼い頃にゆっくり走る蒸気機関車に乗って、移り変わっていく田園風景をガタンゴトンという音を聞きながら只ぼんやり眺めている時の感じ。

又、月明かりを背にしてじっとひとりぼんやりと海を眺めている少女の姿。

人間、そういう物思いにふける時間帯を作るのも人間形成にはとても大切だと思う今日この頃だった。

10月22日

今日は、朝から曇りの少し肌寒い一日。

例年この時期から少しづつ肌寒さを感じるようになる。

今年は金沢マラソンに参加するために、これから3週間余りランの練習に精を出さなければならない。

でも、自転車にとっても一番走りやすい時期なのでサイクリングも企画しなければならない。

もし、私が2人居たとすればとても便利なのですが・・・・とつまらない妄想に浸っています。

そういえば、昔私が1人でお店を切り盛りしていた時期は、このような妄想によく取りつかれていた。

特に、父親と一緒にお店を切り盛りしていた時期は全くなくて、父親が亡くなったので、全くの素人の私が1人でお店を引き継いだ次第です。

勿論、パンク直しも一度もしたことがなく、ましてや”いらっしゃいませ”と言って接客したことも一度もなかった。

その何もわからずに誰の指導もなく始めたのですが、やっとパンク直しが終わって自転車をお渡ししたのですが、それから間もなく血相を変えて”直っておらんがいや”とよく怒鳴られたものです。

この時期は、自転車の組み立てもスポークからバラバラの状態で組まなくてはならなく、毎日朝方までひとり黙々と誰の指導もなく組み立てたものです。

その甲斐あって、半年後に自転車整備士の試験に合格してようやく一人前になった。

世の中は冷たいもので、その間、同業者からは修理料金が安いだの、お客さんからは”二度とお前んとこで修理しんぞ”とかの罵声をよく発せられたものです。

さらに、当時は現金商売ではなく殆どがツケで自転車を売っていたのですが、月末にはその請求書を持って行き、翌月の10日に集金に行くというパターンだった。

でも、必ず何件かは”もう少し待ってくれ”と言われるのはまだいいのですが、何回か行くと欲しけりゃ持って行けと言われ、お金を放りつけられたこともあった。

勿論、1円たりとも残さずに探して帰りました。

一番辛かったのは、雪が深々と降っている中、除夜の鐘が鳴るまで何回も集金に行ったのですが、その度に今年中には必ず返すと言われたが、最後に伺った時にはもう夜逃げしてもぬけの殻だった。

よく考えてみると、当時の利益がすべて貸し倒れで消えてなくなったようです。

ああ、当時の辛かった事が蘇ってくるので”この辺でお開きにします”と寅さんが言っていた。

10月21日

今日は、朝から秋晴れの比較的暑い一日。

その朝一番に、ランの師匠のお美しい方と一緒に犀川河川敷を30km走ろうと大豆田大橋詰めの駐車場に9時に集合した。

県民海浜公園までの8kmは、アドバイスを聞きながら順調に走る事ができた。

そこでコカコーラで補給したあと、再びゴール地点へと向かった。

そこまでの16kmはまだ意外と順調で話しながら走れたが、その出発地点の先では、次第に足に疲労がたまってくる様子がわかって口数も少なくなってきた。

特に、大桑児童公園に入ってからは足の動きも鈍り、折り返し地点のトイレ横の自動販売機までかろうじてたどり着くことができた。

ここまでちょうど20km地点。

そこで再びコカコーラ―を飲んで少し休憩したあとに出発地点に戻ろうとして23kmまで走り、それが意外と順調だったが、その直後に足の太ももがぴくっと動くと同時にあ痛たたと言いながら倒れ込んでしまった。

暫くして再び走り出したが、直ぐに太ももに違和感を感じ、さらにもう一方の足の太もももぴくっと動くと同時に倒れ込んでしまった。

そこでかなりの時間座り込んだ後、再び歩いて出発地点の駐車場にかろうじて到着する事ができた。

そこまでの25kmをどうにか完走できたが、目標の30kmまでは到達できなかった。

でも、未知の世界に足を突っ込み、アドバイスの下、貴重な体験をして走って本当によかったと思った。

お忙しい日にサポートしていただいた師匠、どうもありがとうございました。

10月20日

今日は、朝から晴れで午後から曇りのあまりすっきりしない一日。

今日は、久しぶりにクラシックパーツの整備をしていた。

この時代のコンポーネントと今のコンポーネントではかなりその構造が違っている。

更に、その調整も昔のコンポーネントはシビアで、ちょっと設定が狂っただけでその機能を発揮できない。

リアディラーにしても、今のスプロケットとは違って各歯車の誘導溝がなくてきちんとその位置に合わせないとチャリチャリと音が鳴る。

フロントディレラーでは、ほんの少し位置をインナーやロー側に行く様に設定するとすぐにチェーンが外れてしまう。

勿論、リアスプロケットと同じで、フロントギアには誘導溝がなくて、その移動はぎこちなくてうまくギア操作をしないとうまく入ってくれない。

それに比べると、今のシマノのコンポーネントは素晴らしく、そのいずれの欠点もカバーしている。

但し、その機能を最大限に発揮するためには、ワイヤー調整やチェーンの伸びのチェックなどを時々しないとその機能が狂ってしまう。

特に、Di2はメンテナンスフリーで、何にもギア調整がいらない優れもの。

私もデュラエースDi2を5年間使っているが、変速に関しては殆ど調整がいらなくて、当初と同じような変速をしてくれる。

日頃、ギアの変速に悩んでいる方は是非お試しくださいませ。

まあ、いずれにしても、野外の厳しい環境の中で使われるものなのでメンテナンスは不可欠な要素です。

当店でも、いろいろな車種の修理をしているが、よくこれで公道を走れるなと思う自転車の多さに愕然としてしまう。

勿論、ブリヂストンやトレックなどの一流メーカー車はそうでもないが。聞いたことのないメーカーやオリジナルブランドの自転車は惨憺たるものです。

よくこれで事故を起こさないのが不思議なくらいです。

なので、日頃の点検がいかに大切なのかと思う今日この頃だった。

10月19日

今日も、朝から秋晴れの清々しい一日。

どうも最近は、店頭のショウルームの暑さ対策で頭がいっぱいになっている。

外展示の周りを囲って中展示にしたのはいいのですが、あのにっくき直射日光がその利点を阻んでいる。

以前にブリヂストンサイクル館の風除室が西向きのすべて透明のガラス張りでできていて、その直射日光の暑さを体験しながらその対策を怠っていた。

特に、秋には太陽の経路が南向きに傾いて昇ってくるので、その直射日光が南向きのショウルームに差し込んでくる。

まあ、冬場と春先は直射日光が差し込んできても寒いので問題はなく、夏場は今の時期よりも真上にに昇ってくるので今よりも多少直射日光は避けられる。

この直射日光の肌に感じる暑さはただものではなくて、それが透明の厚いガラスをもろともせずに侵入してその室内をあっという間に蒸し風呂にしてしまう。

勿論、それを遮るものを貼ると展示車が見えなくなりショウルームの意味がなくなります。

なので、1年間その様子をうかがって傾向と対策を考えますと言ってみた。

10月18日(日)

今日は、朝から秋晴れのサイクリング日和の一日。

その朝一番の7時には、夢の平コスモス畑サイクリング組の参加メンバーが当店に集合された。

その後、10時からは、相滝のお蕎麦&ボブハウスサイクリング組の参加メンバーも集合。

天気はもとより気温もサイクリングにとっては最高のコンディションで、絶好のサイクリング日和だった。

でも、私は9時から仕事があるのと今週の水曜日に今まで走った事のない30km走もあって少し運動を自粛した。

それが正解なのか、お店は午前中から忙しくて息つく暇もなかった。

もし私がいなかったら、にっちもさっちもいかない状態。

本当にお客さんがよく来ていただいてとてもありがたいと同時にとても感謝しています。

さらに、店頭のショウルームのディスプレイも一応形になり、まだ完成ではないのですが思い切って増築してよかったと思った。

雨の日や雪の日に外展示の自転車が濡れないのと開店と閉店時にその自転車をお店の中に出し入れしなくても済む利点がある。

でも、直射日光が照り付けるとショウルーム内は暑くてたまらないが、様子を見ながらその対策を考えようと思っています。

どんなもの事でもそのまますんなりとできる事はまずなく、いくつかの難題を克服して始めてこなす事ができる。

これは、自転車のメンテナンスでも言える事で、その道は深くて、それが多くなればなるほどいろいろな難題が発生する。

特に、当店はスポーツサイクルはもとより、一般車に至るまで多くのメンテナンスをこなしているので、その量は膨大でいくら時間がっても足りない状態です。

更に、接客と納車整備、配達などを含めると殆ど休まる時間がない。

その中でも週末は特に忙しくて、その数も倍増する。

でも、仕事に就いて約40年間、その不備による自損事故は一軒もなくほっとしている。

クイックやナットの閉め忘れでフロントホイールが外れて顔や頭から転倒したり、ブレーキが利かない状態で坂道で落車という事故も多いのでさらに安全性に十分気をつけなければならない。

10月17日

今日は、朝から秋晴れの清々しい一日。

その朝一番には、朝練の集合場所の大手町ファミマへと向かった。

予想以上に多くの参加者がいらして、予定通り森本方面へと向かった。

でも、森本までは行かなくて、神谷内から林道を通って上涌波~不室方面に行こうとしたが・・・・・

ありゃりゃ、いつも通りにまた一本の曲がり角を間違い神谷内団地内に紛れ込んでしまった。記憶というのはあいまいで、その曲がり角を走っている瞬間に判断しなければならなく、特に複雑な道ではその後どうその道にたどり着けるかわからなくなる。

で、再び元の場所に戻り、その違った曲がり角のもう一歩の道を通り、無事林道へと向かう事ができた。

路面には落ち葉や小枝が多かったが、ここ連日の晴れのお天気で路面が濡れているところがほとんどなく、それほど気にならなく走れた。

勿論、速い連中は先に走り、私は最後尾で遅れて走っていた。

車はまったく通らなく、人もラントレする人がひとり出会った程度でそれを気にせず走る事ができた。

不室からは、二又~森本へと走り、定番のタカマツパン屋に入って皆さんと楽しくモーニングをしながら語り合った。

その後、仕事なので用事のある2人と一緒に家路へと向かったが、残りのメンバーはなんと夕霧方面へと向かって行った。

帰ると案の定、お客さんが次々と来られて息つく暇もなかった。

閉店時間近くの暇になった時間を見計らって、従業員と4人で店頭の増設したショウルームの設営をしていた。

なかなかいろいろな問題点が発生したが、どうにか思惑通りの形になってきたのでほっとした。

10月16

今日は、朝から秋晴れの清々しい一日。

ここ数日は、秋晴れのとても過ごしやすい日が続いていてサイクリングには最高の日和。

でも、我々販売店はそれとは裏腹に、天気がよければよいほどお店が忙しくて皆さんと一緒にサイクリングができない矛盾がのしかかってくる。

なので、本来はこの最高の秋晴れの日に皆さんと一緒に紅葉サイクリングでもしたいのですが、仕事が始まる前の時間帯でしか走る事ができない。

勿論、休日には思い切って走れるのですが、何しろトライアスロンや金沢マラソンの練習が忙しくてあまりサイクリングができていない。

世の中、金沢マラソンブーム?で、多くの市民ランナーが犀川河川敷を中心に走っていらっしゃるようで、いよいよ本番に近づいてきた雰囲気がひしひしと伝わってくる。

という訳で、仕事が終わってからは、今月あまり通っていないフィットネスクラブのトレッドミルで5km走った。

やはり、実際に道路で走るのとマシンの上で走るのとでは様子が違い、一定ペースで走らないと弾き飛ばされるトレッドミルの方がきついような気がする。

隣のお姉さんもそれに出場するのか、かなりのハイスピードで時々手すりに捕まりながら走っていいた。

私にとってトレーニングの開始時間が遅いので、その後すぐに風呂に入るとちょうどいい時間に帰る事ができる。

その間、一瞬たりともくつろぐ時間がなくて、少し休んで再び違う種目のトレー二ングをする事もできない。

只、一種目を正味30分余りを全力でトレーニングするのみです。

10月15日

今日は、朝から秋晴れの清々しい一日。

さて、お店の増築工事も無事終え、どのように展示するかをいろいろと考えていた。

展示方法としては、ショウルーム方式にするか、店頭展示場にするか悩み中です。

目的は、外展示の自転車に雨やほこりがかからないように展示する事だったが、いざそれを覆ってみると、直射日光が入り、室内の気温が上がり蒸し暑く感じてしまう。

でも、幸いに増築部分の店頭は南向きで、直射日光は今の時期にしか当たらない。

そう考えると、西向きや東向きとは違って直射日光の当たる時間はとても少ない。

さらに、いざ暑くなってもエアコンの冷暖房も店内から入り込めるようになっているし、ドアを開けると幾分か野外の風も入ってくる。

でも、実際に1年を経過してみないと何とも言えない。

その事について、閉店時間間際にキヨマーさんとこーさんと一緒にいろいろと話し合ってみた

まあ、いろいろと問題点が出てくるが、お店の営業を続けたまま工事ができて、最小限の設備投資でできてよかったと思う今日この頃だった。

10月14日

今日は、朝から秋晴れの清々しい一日。

その朝一番に、トライアスロンの疲れが溜まっているので、あえてランではなくてママチャリで金沢マラソンのコースの42.195kmを走ろうと決意した。

スタート地点のしいのき迎賓館まで、ブリヂストンのエアルトというアルミフレームのベルトシティサイクルで向かった。

ちょうど金沢マラソンのスタート時間の9時にそこをスタートし、兼六園下~橋場町~武蔵~金沢駅へと向かった。

さすがに平日で車が多く、車道を走るのは困難で歩道を走った。

更に信号待ちが多くて、街中を通過するのにかなり時間を要した。

金沢駅を折り返したあと、再び武蔵から香林坊~片町~寺町方面へと向かった。

走ってみると、微妙なアップダウンがあり、本番では次第に体力を消耗するような気がした。

さらに、寺町から泉丘大通りへと右折して、その途中の交差点の窪から山環に入ると、そこから長坂方面までずっと上り坂が続いていてママチャリでも辛く感じた。

ここが金沢マラソンの正念場だと思った。

そこからは、大桑~田上方面に向かう2つのトンネルを潜り、もりの里~旭町~天神町へと向かった。

更に、再び兼六園下から橋場町に向かい、東山~春日町~鳴和~神谷内町へと向かった。

その神谷内町の交差点を左折して、疋田町からみずき団地方面へと向かった。

更に、みずき団地を左折して佐川急便前~田中町~問屋町~金沢市民球場へと向かった。

ここでようやく30kmに達し、そこからは七ツ屋~金沢駅西~県庁へと向かった。

更に、県庁前を左折して、金沢西高前を通って、松村町からゴール地点のいしかわ総合体育館へと向かった。

ようやく42.195kmをママチャリで走ったが、それでも3時間ちょい時間がかかってしまった。

でも、これで2回目の自転車での試走で、大体のコースコンディションを把握できてよかったと思った。

その後、帰りの途中で桜田の福岡屋台ラーメン店に入り、博多ラーメンを食べたがとても美味しかった。

家でしばし休憩したあと、ふらっと高柳のムサシで今度新設したショーウィンドウに敷く芝風の敷物を観て、向かいのユナイテッドシネマに入り、偶然に上映時間になっていた”マイインターン”を観た。

定年後のロバート・デニーロ扮する70歳になる老人が、再雇用でインターンとしてアパレル通販会社で雇われ、その若い女性創業者社長のアドバイザーとしての姿がとてもお似合いで、観ていてとても感動してちと涙がちょちょ切れた。

とても充実した水曜定休日だった。

10月13日

今日は朝から雨だったが、次第に晴れの一日。

何故かしら、昨日の疲れを全く感じない一日で、仕事の方もテキパキとこなしていた。

多分、翌日辺りから次第に疲れが出てくるような気がした。

さて、お店の方も昨日金沢では雨が降り続いていたせいなのか、週明けにしては商談や納車整備でかなり忙しかった。

その間、あとガラスを入れるだけになった店頭のショールームをどのようにディスプレーをするかをみんなで話し合っていた。

ようやくその結論が出て早速明後日からとりかかる事にした。

それは出来上がってからのお楽しみです。

そのような新しい事への取り組みを考えていると、なんとなく童心に帰ったようで心がうきうきとしてくる。

そういえば、若かりし頃は、お店を如何にお客さんにアピールできるような店舗にするかばかりを考えていたような気がする。

10月12日

今日は、昨日とは打って変わって秋晴れの清々しい一日。

さて、いよいよわくわくトライアスロンの朝がやってまいりました。

当日組のお2人さんも無事駐車場で合流し、応援団も入れて総勢7人で受付会場へと向かった。

その受付で、腕にマジックでゼッケン番号を書いてもらったが、スタート間際になってわかった事ですが、なんと左右の腕に書かれたゼッケン番号が違っていたのです。

係員も慌ててそれに気づいたのですが、一旦書いた文字の修正は思うように書けなかったようです。

さて、いよいよスタートしたのですが、一斉スタートでコース内にはなんと10名ほどがひしめき合い、その先頭の選手がターンしたあとその折り返しで頭と頭がぶつかり合ったのです。

水中で突然頭に衝撃が走り、一旦よろめいてフラフラになったが、その痛みをこらえて最後まで何とか無事に泳ぎ切った。

その間、その痛みがひしひしと脳に響いてきた。

どうにか泳ぎ切ってトランジッションに向かったが、慌てていたのかそのトランジッションでゼッケンバンドを付けないまま自転車を押してスタート地点に到着してしまった。

そこで初めてゼッケン番号を付けていない事に気づき、再びトランジッションに戻ってゼッケンをつけようと思ったが、動揺していたのかなかなかそれを付けれなかった。

ようやく取り付けたが、かなりの時間のロスをしたために周りにはほとんどの選手がいなくなっていた。

で、どうにかバイクの周回コースを4周したが、後半の下りは速かったが、前半の上りはかなりしんどかった。

どうにか無事バイクも終わって、いよいよ最後の種目のランにとりかかった。

始めは緩い上り坂が続き、折り返し地点からは緩い下りが続くコース。

そこで再びハプニング。

トランジッションで装備したGPSのスイッチが入っていなく、時間だけがカウントされて距離は全く表示されなかった。

あれもこれものハプニングは、やはりスイムの途中での頭同士の衝突で心が動揺していたのかもしれなかった。

当たった部分が次第に腫れてきて、手で触っても明らかにわかってきた。

でも、ランは、走行途中のちかちゃんと嶋さん、さらにゆかちゃんとよっしーさんのハイタッチで再び元気がでて、ゴール地点では能登島トライアスロンでも励みになったちかちゃんの並走サポートとイノキちゃん、ゆかちゃん親子、YASさんのお出迎えで無事ゴールのテープを切る事ができた。

いろいろとハプニングはあったが、とてもとても楽しいトライアスロンの一日だった。

10月11日(日)

今日は、朝から曇りの雨が降ったりやんだりの一日。

さて、夕方の5時から今年のメインイベントであるわくわくトライアスロンに参加するために5人で新潟の長岡へと向かった。

ここは、私の学生時代を過ごした思い出深い地であるが、大学は数十年前に新潟市に移転したために今では図書館になっている。

その前の大学町の雁木もわずか1か所だけになり、その当時の面影はあまり残っていなかった。

さらに、長岡駅も上越新幹線開通で新しくなり、その当時の面影はなくなっていた。

只、頭の中でその当時の面影を想像するだけでも楽しかった。

宿泊先のルートイン長岡インターに無事到着したあと、すぐ近くの”わたみ家”という和風レストランで夕食をとった。

みんなで明日のトライアスロンについていろいろと語り合い、とても楽しいひと時を過ごした。

会計を済ませる間に、すぐそばに昔懐かしい綿菓子を作る機械があり、それにお店提供のザラメを入れて美味しい綿菓子をつくり、それを皆で頬張りながらホテルへと戻った。

10月10日

今日は、朝から曇りの今にも雨が降りそうな蒸し暑い一日。

その朝一番には、朝練の集合場所の当店前には10名足らずのメンバーが集合された。

未明には雷が鳴ってザーザーという音で雨が降って路面が濡れていたが、走っているうちに次第に路面が渇いてきた。

久しぶりに列の後ろの方で走っていたが、先導の行くがままに付いていくだけなので足にあまり負担がかからずとても楽だった。

勿論、疲労を残さないように坂道はゆっくりゆっくりと走った。

目的地の湯涌温泉では、今日ぼんぼり祭りが開催されるので、何人かのそれらしきお方が歩いておられた。

さらに、旅館の殆どはその開催のポスターが貼られていた。

どういう訳か、いつもの撮影スポットの竹久夢二館前はロープが張られて進入禁止になっていた。

そこからはいつもの熊走方面へ向かう途中の丘を越えて家路へと向かった。

そのうちの2人は沖縄練で辰巳ダムから熊走の周回コースを走り、さらにパン好きの2人は山のパン屋さんへと向かった。

あまり強度が強くなく、レース前のちょうどいい朝サイクリングだった。

10月9日

今日は、朝から晴れの蒸し暑い一日。

さて、トライアスロンの本番まであと3日。

この年になると、本番前の約1週間くらい体を休めないと本番の時に乳酸が残っていて各種目に支障をきたすので、練習をしない事にしている。

今週も水曜日の20kmランを最後に全く練習をしていない。

それから3日経っているが、足の方もまだ乳酸が溜まっているのか、夜寝ると足の筋肉が火照って時々目が覚める。

さらに、10年前くらいに骨折した踵骨の痛みも抜け切れていない。

そう考えると、月曜日の本番はちょうどいいくらいの時期だとひとりで満足している。

今年、生まれて2回目のオリンピックディスタンスでの能登島トライアスロンが天候不順で20kmランに変更になったので、月曜日が今年初めてのトライアスロンという事になる。

会場は、若かりし頃学んでいた?今は移転してなくなった大学の地で、そこに行くといろいろと当時を思い出す。

その当時は、大学は学ぶところではなくて、人生勉強をするために行くという風潮が蔓延していた時期で、いろいろ学生運動に没頭したり、友人と毎晩のように語りながら呑んだくれていた学生が多かった。

勿論、その方々のほとんどが卒業すると、日本を代表する一流企業に就職していたのが不思議です。

いうなれば、今の一流企業の役員や管理職のほとんどはそのような大学時代を謳歌していた事になる。

中でもまじめに勉強に没頭していた方だけが、今のノーベル賞を受賞したような人になったような気がする。

10月8日

今日は、朝から秋晴れの清々しい一日。

ご不便をおかけしておりますが、お店の工事も中盤に差し掛かり、あと5日程度で終わりますのでよろしくお願いします。

勿論、その間も営業しておりますので、お気軽にご来店くださいませ。

もうそろそろ増築した店頭のショウルームの活用について考えなければならないが、まだどうするか決まっていない。

今までのように、ブリヂストン以外のお買い得一般車や古いスポーツサイクル試乗車を置くことはなく、どのように見栄えよくスポーツサイクルを展示すればいいのか迷っている。

あくまで自転車を主体にしたいので、各分野のスポーツサイクルを少しづつ並べるか、初心者でもとっつきやすいお買い得車を並べるかもう少し考えてみます。

ここ北陸の地では、冬場の天候の移り変わりが激しく、晴れていたと思ったら急に雨や雪がたたきつけるように吹き荒れるので外展示には向いていない。

その度ごとに、自転車を店内に入れるか、雨や雪の当たらない窓際に寄せなければならない。

只一つ悩んでいるのは、店頭から眺めると一般車を取り扱っていないように思われる事で、その点をどう解決するかが悩みの種です。

その一般車のお店も駐車場の奥にあるので、なかなかそれをアピールする事ができない。

まあ、唯一アピールできる事は、駐車場に停められたお客さんだけがそれを察知できる事です。

と、いろいろとお店の構想について悩んでいる今日この頃だった。

10月7日

今日は、朝から秋晴れの清々しい一日。

その朝一番に、向かいの大和広場をスタートして20kmをランで走った。

前回は、始めゆっくり走る事を心掛けていたが、今回は、始めからいつものペースで走った。

その結果、10kmまではkmあたり6分台のイーブンペースで走り、それほど酷くはなかったが、14km過ぎから7分台にタイムが徐々に落ち、20km近くでは平和町の上り坂もあって、目標としていた30km走破は断念せざる得なかった。

勿論、もうこれ以上走ると足のどこかがおかしくなるような気がしたのもあった。

兎に角、足が前へ進まなく、さらに少し足元がふらつき、20kmちょうどのところで走るのを断念した。

それが奇しくも父親のお墓の真ん前で、お参りをした後に、自動販売機があると思われる法島のこども交流センターのある公園へと降りて行った。

その手前には、民家に自動販売機と共に椅子とテーブルが設置してあって、そこに座りながらコーヒーを飲み、ランの疲れを癒した。

そこからは、周りの風情を楽しみながら、少し早歩きで家路へと向かった。

家でうつらうつらした後、さらにクロスバイクに乗り、再び街中をゆるポタサイクリングでゆっくりと昔懐かしい少年合唱団の練習場のあった新竪町小学校や白銀幼稚園の前を通った。

夜には次第に足が筋肉痛になり、歩くのもままならぬ状態になった。

でも、5日後に控えているトライアスロンや来月のトライアスロンのいい練習になった今日この頃だった。

10月6日

今日は、朝から晴れの少し肌寒い一日。

今日も、昨日に引き続き朗報が舞い込んできた。

なんと、ノーベル物理学賞に東大宇宙線研究所の梶田隆章教授が選ばれた。

昨日の大村智北里大学名誉教授といえ、日頃のコツコツと一つの物事に辛抱強く努力した結果だと思う。

彼等は小さいころからエリートコースを歩んだ勤勉タイプではなく、むしろ机上のお勉強以外に興味を持っていたようです。

いずれの方も地元の国立大学出身で、エリートコースの東大や京大に現役入学した秀才とは違っていた。

こう考えてみると、このような人々は、ただ単に学業成績だけがよいだけではなくて、物事に取り組む姿勢が普通の人々とは違っていたようです。

どんなに失敗しても果敢に新しい試みに挑戦し、それを成功するまで維持し続けた粘り強さがあったからではないかと思った。

あの渥美清の”男はつらいよ”でよく出てくる大学教授の、不器用なんだけどとても謙虚な日本人の姿がそれを象徴しているようです。

勿論、恋愛にも不器用で、お人よしの寅さんがそれを支援した結果、自分の恋愛相手がその不器用な教授にとられてしまったという結末。

と、自転車とはちとかけ離れた文面になったのを許してくださいませ。

10月5日

今日は、朝から晴れの肌寒い一日。

店頭では開店時から斫り工事をやっていて、その掘削機の音が一日中店内に鳴り響いた。

勿論、店外の工事なので営業にはほとんど差し支えなかったが、商談中の会話や電話での聞き取りがしにくく、さらに、長い間、その音と振動を体に感じると次第に気持ちが滅入ってきた。

でも、その間に多くのお客さんが来られ、無事商談も成立してほっとした。

商談中は、やかましくてごめんなさい。

今日はその影響もあったのか、どうも仕事への集中力がなくて、ぼ~としている時間が長かった。

別に体の具合が悪いとかではなくて、気力が吹っ飛んでいる状態と言っても過言ではなかった。

でも、午後からはノーベル医学生理学賞に日本人の大村智さんが選ばれるという朗報が入ってきた。

どんなに失敗してもあきらめずにコツコツと一つの物事に集中して取り組んむ姿勢が今回の受賞となったようです。

インタビューを聞いていてもとても謙虚なお人柄で、やはりそのような謙虚さが成功につながったのかなぁと思った。

という気持ちの移り変わりの激しい今日一日だった。

10月4日(日)

今日は、朝から雨のち曇りのあいにくの一日。

確かに、昨日の夜の予報では朝の6時前後は雨で、その後すぐに曇りになっていた。

案の定、5時過ぎには寒冷前線の通過で、雨音が外から鳴り響いていた。

勿論、今日の朝練は中止で、その事を早速、mixiとFacebookに告知した。。

でも、6時過ぎには雨も止み、走れる状態になったので、来週に控えているトライアスロンのランの練習に向かいの大和広場に向かった。

ポラールのRCX5とスマホのランキーパーのアプリの二つで計測していたが、なんとスマホの位置情報がオフになっていて距離が計れなかった。

そのポラールの計測では、距離は5.43kmで、時間が31分かかり、平均ペースがkmあたり5分43秒だった。

ああ、少しタイムがいつもより速く走れたと思っていたが、なんと、その反対に遅くなっているのに驚くと共にがっくりした。

敗因は、始めから跳ばしすぎたのが原因だったようです。

本番では、スイムとバイクの後の最後がランなので、筋肉が程よく解れていて、始めから少し跳ばしても大丈夫そうです。

でも、この大会は楽しんでトライアスロンという趣旨なので、あまり無理をしすぎると痙攣をおこすので程よく走ります。

スイムにしても、バイクにしても、ランにしても競技ととらえると、それぞれが上には上がいるのは当然で、どんなに頑張ってもその道のエキスパートにはかなわない。

ある全国大会のレースで、去年の宝達山ヒルクライムでトップクラスの選手2人が前半で早くも棄権した。

勿論、先頭の選手に2分以上のタイム差が付くと、その時点で失格とみなされそれ以上は走る事ができない。

で、総勢100名ほどの参加選手の中で、完走できたのはほんの一握りの10名ほどだった。

コースもかなり過酷なコースで、アップダウンの連続で、10%以上の上り坂もあったそうです。

それを6周回で90kmを走らなければならなく、殆どの選手は振るい落とされた。

勿論、その上のクラスでも同じように120kmで、約100名中、完走者はほんの10名ほどだった。

10月3日

今日は、朝から晴れのからっとした絶好のサイクリング日和の一日。

でも、昨日の夜のスイムの練習で疲れていたので朝練には行かなかった。

勿論、この天気だったので、お店は朝から忙しくて、商談や納車整備で息つく暇もなかった。

一般車をすべてブリヂストンサイクル館に移動したのが功を制したのか、それを購入されるお客さんが迷うことなくそちらに行かれるようになってよかったと思った。

でも、1つの課題は、雨が降ったら外展示ができないために、いわゆる並車をどこに展示するかです。

この車種は単価は低いが、毎月一定量の台数が売れるのでない訳にはいかない。

かといって、あまり台数を増やすこともしたくない。

その点については、今のスポーツサイクル館の改装工事が終わってからじっくりと考えてみたい。

本当は、ブリヂストンサイクル館で一般車の修理をやりたいのですが、その依頼はかなり多いので、ひとりでブリヂストンサイクル館で商談も含めてそれをすべてこなすことがなかなか困難です。

なので、当分は今のままで様子を見ようと思っています。

さて、来週のトライアスロンと来月の金沢マラソンが終わると暇な時期になるので、ゆっくりと時間をかけて輪行して見知らぬ地でゆるポタサイクリングをしたい。

それも車ではなくて、電車に乗って行きたいものです。

本当は、青春18きっぷを買って気ままに行きたいところへ行き、ゆるっと観光がてらにサイクリングするのも乙なものです。

もし、それに同意される方はちらっとお声をかけてくださいませ。

10月2日

今日は、朝から曇りで少し蒸し暑い一日。

さて、昨日の話の続きになるが、ようやく悩んでいたメンテナンスの解決策が見つかった。

その事実は、誰にもわからないようで、ふとしたことからその糸口が導き出された。

勿論、何回かこの日記にも書き込んだが、ロードレーサーの音鳴りについてです。

自転車というのは、フレームの全てがパイプでできている為に、どこかで異音が発生すると、そのパイプの中で共鳴してその特定場所を見つけるのは非常に困難です。

今回の場合も、BBからの音鳴りに間違いないと信じていたのが見事に裏切られたという格好になってしまった。

この難題が解決したら、スーッと体から力が抜けて一つの大仕事を終えたような心境になった。

で、思い切って仕事が終わってから、来週におこなわれるトライアスロンの最後の練習?にフィットネスクラブへ向かった。

今日も、あまり館内に人はいなくて、勿論、プールサイトにも人は2人しか泳いでいなく、ひとり悠々と指定のレーンで泳ぐ事ができた。

今回は、前回と同じく1.5kmを36分台で泳いだが、違っていたのはすべてノーマルターンだった。

本番の場合は、その半分の距離しかないのでもっと速く泳がなくてはならない。

と言ってあまり無理をすると、その後の競技種目に影響が出てくるので微妙です。

という、とても充実した一日だった。

10月1日

今日は、朝から曇りで午後から小雨がぱらつく蒸し暑い一日。

最近、ふと思う事がある。

ネット検索は、確かに確定している表面上の調べ事についてはとても便利なものであるが、いざ深くその事について追及しようとしても、ある一定レベル以上はどんなに調べても出ていない事がよくある。

で、その真意を追究しないで、知ったかぶりに他人に話すのはとても危険が伴う。

我々の仕事に関しても、よくお客さんがこうすればいいのでは?とよく言われるが、その事については大概もうすでにわかっている。

でも、その先を追究しようとしても、未知の世界でどんなにネットで調べてもどこにも書いていない。

今日も、ある事について追及しようとしたが、どれもこれもわかっている事実ばかりでその先については書かれていなかった。

で、わかっている事を下にして自ら考え抜いて試みるが、なかなか思うような結果が生まれなかった。

どうも、メーカー側で新しい試みをして世に売り出そうとしても、どうしても必ずと言っていいほど不具合が生じてしまう。

それをどのように対策を講じて良くするかは、ユーザーと直接パイプを持ってメンテナンスしている我々販売業者の意見を聞く事が一番です。

それをないがしろにして数を売る量販店に卸すと、その不具合の真意はわからなくなる。

彼らは、不具合があるとすべて返品で、その原因は当然のごとく全くといっていいほど追究しない。

それでは、いくら新しい試みで売り出そうとしても、いずれ不具合が発生して没になる事が多い。

なので、我々のようにその原因を追究する職人がいる事によって、その分野がよりさらに一歩先へ進む事ができる。

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